情熱大陸 





 「俺お前のおかげで落第せずにすんだぜ。」

 放課後、僕の部屋に来たヒカルは開口一番うれしそうにそう言った。


 「それはよかったよ。それで、テストの結果は。」         

 頭を掻いたヒカルは困ったように笑った。

 「まあ、落第しなかったからいいじゃん。」

 「いいことないだろう。僕は夜中まで付き合ったんだぞ。
 しかも君の方が先に寝てしまうなんて。」


 鞄からヒカルが取り出した答案用紙は くしゃくしゃで・・
 点数は42点。赤点すれすれだ。しかも前回と同じ問題がでているのにかかわらず。
 それでこの点数はと正直どうだろうとは思ったがそれはこの際飲み込んだ。
 ヒカルにとってはこれでも十分がんばったのだ。

 「君が落第しなくてよかったよ。がんばったね。」

 みるみるヒカルの表情が輝きだす。

 「うん。ありがとうな。そうだ 塔矢今度の土曜日空いてねえ。
 弦楽科のダチと発表会にでるんだ。聞きにこいよ?」


 小さな発表会は学園内ではよくある事でお互いの交流をはかったり
 仲間とアンサンブルする事で音楽を深めようと取り入れられてるものだ。


 「是非行くよ。」

 小さなコンサートも開かれる学園の視聴覚室に弦楽科の生徒たちが集まる。

 ヒカルと一緒に弦楽科の生徒二人 ビオラの和谷とチェロの冴木
そしてピアノ科の伊角が登場する。

演奏はブラームスのピアノ4重奏。

 ピアノ伴奏を勤める2年上の伊角のことをアキラは知っていた。
学園総長を務める伊角をアキラは密かにライバル視していたからだ。

 それがアキラには面白くなかった。
 ただの我侭であってもヒカルの傍でピアノを弾くのは自分でありたかった。


 ブラームスから曲はカノンへ。深い川を流れるようなヒカルのバイオリンの調べをアキラは追う。
彼のパートナーでない自分がもどかしいほどに悔しかった。


 アキラはヒカルたちのグループの演奏が終わったあとそっと視聴覚室を退出した。
 

 「お疲れ様!」

 ちょうど入れ代わりのために出てきたヒカルたちの声が聞こえアキラは咄嗟に身を隠していた。

 「珍しいやつが来てたな。」

 和谷が伊角にこつづいた。

 「えっ?ああ。塔矢のことか?」

 「そうそう。まさかライバルの伊角さんの演奏を聞きに来たとか。」

 後から追いかけるように来たヒカルがおかしそうに笑った。

 「塔矢は 俺が誘ったんだぜ。」

 「お前が? 塔矢を誘ったのか。」

 「へえ〜なんでまた」

 冴木は意外だと言わんばかりだ。

 「そういえばこの間 進藤、 塔矢と一緒に音楽室にいたな。」

 「進藤と塔矢が・・?どういう接点なんだ。大体あんなすかしたやつといて楽しいか?」

 「塔矢はすかしてなんてないよ。あいつすごいんだぜ。塔矢のピアノ聞いてるとさ 
 俺引き込まれていくんだ。塔矢の音に・・・」


 「それはまたえらい惚れようだな。」

 ちゃかすような和谷の口ぶりに伊角が苦笑した。

 「それは困るな。俺のピアノと比べられる。」

 「俺は伊角さんのピアノがいいけどな。」


 楽しそうな話し声に入る余地のないアキラはそっとその場をあとにした。
 そのまま知らぬ顔でその場を切り抜けようとしたがそれはヒカルによって引き止められた。


 「塔矢!」

傍に駆けてきたヒカルがなぜかいつもより遠く感じる。

 「聞きに来てくれてありがとうな。これから打ち上げ。塔矢も一緒にいかねえ?」

 「進藤 いい演奏だったよ。せっかくだけど断るよ。僕は部外者だし。」

 少なくとも言葉ではごまかせたはずだった。

 「失礼するよ。」

 立ち去ろうとした途端ヒカルに腕を掴まれていた。

 「なに、進藤?」

 「塔矢どうかした。何か顔色悪いぜ。」

 「そんな事ないよ。」

 「でも・・・・」

 まっすぐなヒカルの瞳をアキラは逸らした。

 「僕に構わないでくれ。」

 掴まれていた腕を振り解く。自分がした所業なのにアキラはひどく胸が痛んだ。
 自分がコントロールできない。        

 部屋に戻った後アキラはただやり場のない苛立ちをピアノにぶつけた。

 気がつくといつの間にかヒカルがピアノの傍に立っていた。

 ヒカルにはこの部屋の鍵を渡していたので不思議な事ではなかったが
こんな風に勝手に入ってきたのは初めてで僕は八つ当たりのようにバンと
鍵盤を叩いてその蓋を閉めた。

 「悪い。俺・・・部屋勝手に入って。」

 「伊角さんたちと食事に行ったんじゃなかったのか?」  
  

 「ああ。それ断った。行ってもさ 俺、お前の事気になりそうだったし。なんかその 
ほっとけねっていうか。」

 アキラはそれには返事しなかった。

 「ごめん。その迷惑だった?俺どうしていいかわかんなくて・・。」

 困ったように視線をさまよわせたヒカルにアキラは近づくとそっと肩を抱いた。

 「塔矢?」

 「僕もどうしていいか わからなかった。」

 胸の中にある想いが溢れだしてくる。

 「僕は君が・・・好きなんだ。」


 ヒカルは驚きで大きく瞳を見開いていた。
 その瞳いっぱいにアキラが映っていた。


 君の瞳に映るのが僕だけならどんなにいいだろう。

 ヒカルの瞳が閉じ僕は唇を重ねていた。

                         


再編集2006年11月

                                    

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