情熱大陸 1






  こんな時間に誰だろう。


  遠くから聞こえるバイオリンの音色に誘われ
  アキラは学園の中庭へと足を踏み入れた。


  中庭には月明かりを浴びて名器と音を楽しむ少年がいた。

  僕はその少年に引寄せられるように中庭に入ろうとして
  その足を止めた。

  まるで中庭には誰も近づいてはいけないような彼の聖域
  が存在したのだ。




  自由自在に変化するバイオリンの音色。

  優しいプチカートはハープの音色のようにやさしく、
  そして夜空へ伸びていくようにその音はだんだん激しくなって・・・。


  僕は夢中で彼の音を追っていた。
  その時だった。

  「誰だ こんな時間に中庭でバイオリンを弾いてるやつは!」

  大声を張り上げたのは事務員の坂巻だった。
  少年の聖域は無残に踏み込まれ演奏は中断された。

  僕はその音が切れた途端かなしく 切ない気持ちになった。
  もっと彼のバイオリンの音を聞いていたかったのだ。


  「また お前か 進藤 ヒカル!」

  坂巻が口にした名にアキラは覚えがあった。
  進藤 ヒカル ・・確かバイオリン科に所属の?

  バイオリンを始めて数年というのに抜群の音感に
  感性が豊かだとか、噂で聞いた事があったのだ。


  まだがみがみと坂巻に怒られている彼の元へ行くため僕も中庭へ
  入りこむ。

  アキラの登場で繭を吊り上げていた坂巻の表情が一遍した。

  「こんばんわ。坂巻さん。」

  「塔矢アキラくん!?」

  アキラの事をこの学園で知らないものはいない。アキラの父、行洋は
  かの有名なT響オーケストラの指揮者であり、母はピアニスト。
  そして祖父はこの学園の創始者でも理事長でもあるのだ。

  だが、アキラにはその肩書きは苦痛でしかなかった。
  いつもその肩書きがついてまわり自分の音楽性は2の次に
  されるからだ。

  それでもこの時はこの肩書きを使わせてもらう事にした。


  「すみません。彼とここで待ち合わせをしたのは
  僕なんです。許してあげてくれませんか。」

  「こんな時間に塔矢くんが進藤と・・?」

  露骨に不審な顔をする坂巻にアキラは慣れた営業スマイルを向ける。

  「ええ。僕も今まで音楽室でピアノを弾いていて時間を忘れて
  たんです。もちろんこの事は先生方にも内緒にしていただくと
  ありがたいのですが。理事長の孫が規則を守らなかったなんて事になると
  洒落になりませんから。」

  慌てた坂巻が頭をかいた。

  「あっいえ。アキラくんがそういうなら、今回ばかりは・・。
  進藤 塔矢くんも、もう遅いから寮に戻りなさい。」

  そそくさと中庭から出て行った坂巻をみて彼が胸をなでおろした。

  「助かった!ってお前ってあの有名な塔矢アキラなのか?」

  「助けた恩人にそれは随分な口の利き方だな。」

  「わりい〜助けてくれてありがとうな。」

  手を合わせてそう言った彼の横顔はまだまだ幼いほどあどけない
  子供の表情だった。

  「でもさ 坂巻のやつお前見た途端表情変えてさ、面白かったよな。」

  さもおかしそうに不謹慎な事をいう少年。だがアキラだって本心
  はそう思ったのだ。

  「進藤くんこれから僕の部屋にこないか?
   よかったら続きを聞かせてほしいんだ。 僕の部屋は防音だし
   ピアノもあるから、。」

  「やっぱりお前って特別なんだな、」

  どうやら思ったことを言ってしまうのが彼の性格だと判断しアキラは苦笑した。

  「塔矢 ごめん。気に障ったか。」

  「いやいいよ。そのとおりだと僕も思ってるから。」

  「でもお前の部屋ピアノあるのか。俺お前のピアノ 聞きてえ。
  この間のコンクールの選考の時オレたまたまお前のピアノ聴いてさ。
  すげえよかった。俺 音楽性むちゃくちゃでうまくいえないんだけど 
  心が震えたっていうかさ 感動した。あんなの初めてだったぜ!」

  目を輝かせてそういった彼の言葉には偽りはないと思った。
  僕は誰の評価よりも彼の言葉が一番うれしかった。
  ひそかに僕がコンクールの2次選考で選ばれたのは贔屓では
  ないかと妬んだものもいたのだ。

  「じゃあ これから僕の部屋へ来る?」

  「いいの?ってでももう11時になるぜ。」

  「いいんだ。僕も君のバイオリンを聴きたい。」




  この晩互いの音楽性に恋をした
  二人が本当の恋に落ちるのにそれ程時間はかからなかった。






   碁部屋へ  
2話へ                              
                        

再編集2006、11月
以前作ったコピー誌のお話です。
ありがたい事に本は私の手元にも残らないほど好評でした。
あの時はサイトにUPする事はないと思っていましたが、諸事情が
変わってUPすることにしました。
ホントにいつもサイトに来てくださるお客様に感謝です!!