19歳の秋・・・5冠を獲得したヒカルは突然碁界に 引退届けを提出した。
アキラがそれを聞いたのは木曜の大手合いに出かける
直前だった。
突然鳴った電話の主は芦原だった。
「アキラ 進藤名人の事何か聞いてる!?」
「進藤?」
いつもの明るい芦原の声ではなかった。
「・・・進藤くんが引退した。」
「まさか・・・何かの冗談でしょう。」
「本当だ!やっぱりアキラ君もしらなかったのか。
今棋院はその対応で大変なさわぎだ。」
進藤が引退・・・!? 半信半疑のまま急いだ棋院はスポンサーに TV曲 ファンが押しかけ 理事長に事務員 総出で対応していた。
『進藤名人・・・19歳で5冠になって有頂天になってんじゃ
ないの・・・』
『前にも無断で対局を何ヶ月も休んだらしいな・・・』
聞こえてくる罵倒に苛立ちながら棋院を飛びだし直接確かめたい気持ちを アキラは何とか押し留めた。
これから大事な大手合いなのだ。
騒然とした1階フロアーとは違い落ち着いて見えた対局室も
話題は進藤の引退が持ちきりでアキラは碁盤の前に座り目を閉じた。
だが冷静さを保つことはできなかった。 早々に負けを宣言して対局室を飛び出した時フロアーに
いた和谷と目が合った。
「早えな・・・終わったのか。」
気持ちは早くここから抜け出したいのだが和谷が気になった。
「君は?」
「ああ 長考中。 落ち着いて盤にむかえねえ・・・」
「僕は中押し負けだ。」
自嘲ぎみにわらう。
「おまえが?」
意外だなと言われた気がした。
「プロとして盤を前にして心を乱されるなんて・・・」
「いいや。俺だって一緒だからわかるぜ。で、今からあいつに 会いに行くのか?」
「もちろんそのつもりだ」
「俺何べんも電話したけど携帯も家も繋がらねえ。 塔矢は進藤の居場所に心あたりあんのか?」
真っ先に思い浮かべたのは緒方のマンションで苦虫を かんだようにアキラはうなづいた。
「そっか・・・」
だが進藤の居場所をアキラが知ってるといった事で和谷はかなり安堵した
ようだった。
「塔矢 進藤にあったらおもいっきりぶん殴っといてくれ。俺からだって。 そんで・・・絶対こっちに連れ戻してくれ。 お前にしかできねえんだから。」
「わかってる。」
対局室に戻っていく和谷には余裕さえ見えた。
連れ戻さなくてはいけない。何としても・・・。
アキラは騒然とする棋院を飛べだした。
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