箱の中の星






     
マンションの前で丁度緒方と鉢合わせした。


緒方はマンションの郵便受けから手紙を取り出している
所だった。

「緒方さん。進藤に会わせてください。」

「何のことだ。」

惚けているのか白を切るつもりなのか緒方の
その態度はアキラを不快にさせた。


「いるのでしょう部屋に。」

「進藤なら5ヶ月も前にマンションを出て行ったさ。」

そんな事も知らなかったのかと言われたようで
アキラは唇を噛んだ。


「まあいい。俺もお前に話があったんだ。部屋に上がれ。」




緒方の部屋には以前と違い進藤のいる気配は感じられなかった。

注意深く部屋を観察するアキラに緒方はせせら笑いながらソファに
どかっと腰を下ろした。


「いないと言ったはずだ。本当に進藤から何も聞いてないのか?」

「緒方さんは何かご存知なのですか。」

「あいつの引退理由なら俺もしらん。」


そう言い切った緒方だが、アキラはあることに気がついていた。

緒方が先ほど郵便受けから出した封筒に気になる封書が混じって
いたのだ。

名前も住所も書かれていない封書・・。


「緒方さん 先程郵便受けから出された封書を見せていただけませんか。」

緒方は両手を挙げ大げさにゼスチャーする。

「こういうことに関しては勘がいいな。多分それは進藤からだ。
中身はお前の思っているものじゃないと思うがな。」


緒方は未だ封も開けていない封書をアキラに手渡した。
小さいわりに重さがあったそれをアキラは迷わず封切った。

中から出てきたのはあの時緒方から受け取った碧い丸い宝石のついた
キーホルダーと1枚のメモ用紙。




緒方先生へ


やっぱりこの鍵先生に返す。
俺には必要なくなったから。
いままでありがとう。
それじゃあ・・・

             進藤 ヒカル




短い文面からは進藤の意図は掴めなかった。

「いつ彼はマンションを出たんですか?」

「5ヶ月前と言っただろう。お前がこの部屋にきた2日あとだったな。」

「僕が・・ここに来た2日後・・・・」

緒方はソファから立ち上がると未だアキラが手にもっていたキーと
メモ用紙を取り上げた。



「なぜ あの時 進藤を抱かなかった。」

緒方の声は怒りで震えていた。
アキラは図りかねて緒方を見据えた。


「あの日 お前がマンションを出た後 進藤はバスルーム
で泣いていた。お前が部屋を出て行くのをずっと堪えてたんだ。」

「そんな・・・」

心臓がわしづかみされたようだった。

「本当だ。なぜあの時進藤をこの部屋から連れ出さなかった。
なぜプライドを捨てられなかった。」

応えられないアキラに緒方は尚も続けた。

「あの日お前が部屋をでたあと、俺は進藤を抱いた。」

「まさか無理やり・・」

アキラの瞳に怒りが宿る。

「無理やりじゃないさ。俺をアキラくんのかわりだと思えば
いいといったらあいつはあっさり自分を手放した。
俺の腕の中でお前の名前を叫びながらな!」

飛び掛かったアキラの拳は逆に緒方に軽くあしらわれ
頬をおもいっきり殴られていた。

殴られた痛みよりも心の方がずっと痛い。

あの日進藤に殴られた時のように、
いやあの時よりももっと・・・。




なぜわかってくれなかった。
なぜ僕を待ってはくれなかった。





「・・・探しに行きます。」


部屋を出ようとしたアキラにかまわず緒方が話し出す。




「2時間ほど前だが・・進藤は行きつけのラーメン店に
いたらしい。お前も行ったことがあるだろう。」

アキラは玄関先で足を止めた。

前にここで進藤と過ごした時に何度か通ったラーメン屋の
ことだと察しがついた。

「店の親父から進藤の様子がいつもと違うってな、連絡が
あった。」



緒方はその電話で慌てて出先から戻ってきたのだろう。
まだこの近くにいるかもしれないそう言いたいのだ。

アキラは背を押されるようにマンションを出た。




見上げた秋空は高く遠くて・・・アキラの瞳から
耐えていた涙が零れそうになる。



探して見せる。絶対に君を・・・。



『離れていても心はここに置いていく・・・』

そう言ったのは君だった。

必ずこの空の下どこかにいるだろう君を想い
アキラは自分を勇気付けた。




     
      


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箱の中の星3