楊海がゆっくり話が出来るところに行きたいといった事も
あって、5人が向った先は伊角が勧めた個室のある居酒
屋だった。
掘りごたつのようなテーブルに楊海と伊角が並んでその向かいに
和谷と俺と塔矢が腰掛けた。
「日本チーム北斗杯優勝おめでとう!!」
気の早い楊海の乾杯の声に俺たちもジュースを
傾けた。
『乾杯!』
一気に飲み干したコーラーはマジで美味かった。
「ところで 楊海さん抜けてきてよかったの?」
俺たちと違って明日も試合がある楊海に和谷がつまみを
頬張りながら尋ねた。
「まあ 俺は選手じゃないしな。あいつらには今日は早く
寝るように言ってきた。」
「よく楽平が付いて行くって言わなかったなあ。」
何気なく聞いた俺に楊海が大げさなほどにため息を付いた。
「あいつ抜け目ないんだぜ。」
「・・・?」
「北斗杯が終わった後 伊角くんの家に泊ま
りに行く約束を知らぬ間に取り付けてたんだ。」
「伊角さんそれマジかよ?」
和谷がなんとも複雑な表情で伊角に聞いた。
「ああ。俺の家に遊びに行きたいっていうからそれなら北斗杯が
終わったあと迎えに行くから泊まりにくるかっ?て聞いたら
すごくうれしそうにしてたよ。」
それを聞いて和谷が頭を抱える。
やっぱり伊角さんはわかっていないようだ。
「まあ、とにかく伊角くんあいつをよろしく頼むよ。
明々後日の夕方には帰国するから・・・」
「ええ 楽平は責任を持って俺が空港まで送ります。」
「和谷は見送りに行かないの?」
俺の問いに和谷がウーンと考え込む。
「俺もそのつもりだったけどそんな事情ならやめよっかな。」
事情を飲み込めない伊角が不思議そうに尋ねる。
「なんで?」
「だって何かさ・・・」
わかっていない伊角には和谷もなんと言ってよいのか
わからないのだろう。
「その日は楽平をどこかに連れて行ってやろうと思って
たんだ。和谷も一緒にいかないか?」
「俺はいかねえよ。」
「 デートなんだから和谷は邪魔なんだよ。」
俺の言った事を冗談と取ったらしい伊角はビールを飲みながら
カラカラと笑い声を上げた。
「デートって言うなよ。」
俺はとなりの席をチラッと見る。さっきから塔矢は話題に
入ってこない。俺たちの会話を聞いて相槌をうちながら
微笑んでいるが・・・。
気が乗らないのに無理に連れてきた俺は気持ちが焦る。
そんな様子を察して楊海が塔矢に話題を振った。
「ねえ ところで塔矢君は進藤君のコイビトって知ってる!?」
いきなりの話題に俺は飲みかけていたコーラーがむせた。
「げブっ・・・・もうなんだよ。唐突に楊海さん!!」
むせた俺の背中を摩ってくれる塔矢の手がやけに熱く感じる。
「進藤の恋人ですか。僕は知りませんが・・・楊海さんはご存知
なんですか?」
塔矢の問いかけに楊海はよくぞ聞いてくれたとばかりに胸を張って
応えた。
「本人が言うには碁が恋人らしい。」
その場にいた和谷も伊角もそして塔矢にさえも大笑いした。
「本当なのか?進藤」
塔矢の問いかけに沈痛な思いで頭を抱えながら俺は言った。
「確かにそんなことを言ったかも知れねえけど・・・・」
塔矢が恋人だって言えないから俺はそういっただけのことであって。
心中で懸命に弁解しても空しい。
「お前 碁が恋人ってそりゃいくらなんでも寂しくないか・・・」
和谷は笑いをかみ締めながら俺に言う。
「お前だってコイビトなんていねえだろ!!」
「俺もいないけど それにしたってな・・伊角さんも思うだろ。」
「それぐらいの気持ちがないと進藤みたいな
碁は打てないって事かもしれないな。」
天然なのかそれとも俺をフォローしてくれてるつもりなのか
伊角の言う事は少しづれていて余計に俺は頭が痛くなった。
「今日のヨンハとの手合いすごかったもんな。」
感心して言う伊角に楊海が首を振った。
「今日だけじゃないぜ。最近の進藤君の碁は驚くよ。
中国棋院でも一目置かれてる。塔矢先生も認めたぐらいだしね。」
「先生が俺を認めた?」
「進藤くん気づいていなかったの?あれほど毎週家に招かれ
たのは君を認めてたんだ。今日も観戦されてたんだよ。
日本チームの3人を絶賛してた。君たちには言わないだろうけどな。」
そんな風に言われるとなんだか照れくさかった。
楊海が伊角たちと話はじめたので塔矢が俺に話かけてきた。
「母が電話してきた時によく君の話をしてたよ。そういえば
正月に僕と父がネット碁をした時も観戦してただろう。」
「ああ。あの時な・・・」
言葉が詰まったのはあの時塔矢と打った相手が俺だったから。
目線をさまよわせた俺に塔矢が鋭射抜くように視線をぶつけてきた。
俺はウソを付く事が出来なくなって手を合わせて謝った。
「えっあっその塔矢ごめん。実はあん時お前と打ったの俺なんだ。」
「やっぱり そうだったのか。」
「悪かった。」
謝ったものの塔矢が気づいてくれた事がなんだか
うれしかった。
そんな俺に塔矢が小さくため息をついた。
「構わないよ。父が言い出したことなのだろう?」
「うん。最初の4手目までは先生が打ったんだけど、突然
俺に振られて・・・お前と打ちたかったけど俺あんな風に
打ちたかったわけじゃないんだ。騙すような事してごめん。」
「・・・・」
塔矢が無言で笑みを漏らすと伊角たちと話し込んでいた
楊海が突然俺と塔矢の会話に入り込んできた。
「おいおいどうしたんだ。進藤君やけにしおらしく塔矢君に謝って。
ひょっとして塔矢君に浮気がばれたとか。」
「そんなんじゃねえ・・・じゃなくって。」
ムキになっていってしまった俺はしまったと咄嗟に思ったが、
もう遅かった。
ほんのり酔いぎみの楊海がフ〜ンと横目で意味ありげに言った。
「和谷くんが言った事もあながちウソではなかったようだな。」
「俺何か言ったっけ?」
考え込む和谷の思考を止めるために俺は話を逸らした。
「その話はもういいって。それよりそろそろ時間だぜ。」
2時間の貸切だった事を思い出して俺は時計に目を移す。
「北斗杯はまだ終わったわけじゃねえもんな。」
和谷の言った事にうなずきつつも俺たちは終わったのだと
実感している。
「そうだな。だが、少なくとも君たちは終わっただろう。」
俺と和谷の気持ちを代弁すると楊海が大きく伸びをした。
「明日の韓国戦に向けて俺も気持ちを入れ替えないと・・・」
選手ではなくても楊海にとっては団長としての重荷がある。
「ホテルに戻ろうか。」
楊海の言葉で俺たちも立ち上がった。 |