俺たち4人が中国棋院のエントランスを抜けると、そこには
待ち構えていたように仁王立ちした楽平が立っていた。
俺はこっそり横目で和谷を伺うと呆然と楽平を眺めていた。
俺は可笑しくて噴出しそうになるのを懸命に抑えたが
隣に居た伊角が我慢できずに腹の底から笑い出した。
「ぷは〜、やっぱりそっくり!」
俺も伊角につられて抑えていたものがなだれのように口元から
こぼれた。
「うん。おかしい。俺もう。笑い止まんねえ。」
楊海さんまで加わって3人で腹を抱えるほど笑ったが、
和谷と楽平の間に流れる空気はいたって冷めたい。
それに気がついて何とか笑いを振り切るとそれを待っていたかの
ように楽平が和谷に詰め寄ってきた。
先に楽平に声を掛けたのは和谷だった。
「よお。俺 和谷っていうんだけど、・・・・」
そこまで和谷が言ったあと和谷はあまりのことに固まった。
楽平が和谷のパーカーをべろんと持ち上げて下から覗きこんだのだ。
その場にいた俺たちも時が止まったように呆気に取られてその様子を見た。
「な!いきなりなにすんだ!?」
和谷は大きな声を上げてパーカーを抑えると楽平が不敵な笑みを浮かべた。
楽平は隣にいた伊角の後ろに逃れるように隠れると和谷に向って
「あかんべ〜」とけしかけて挑発した。
「お前〜許さん!」
伊角を囲んで和谷と楽平が睨みあう様子はなかなか滑稽ではあるが、
当人たちはいたって真剣のようだ。
「××××××」(捕まえられるもんなら捕まえてみろ )←楽平
「逃げるな 。ちょこまかしやがって、伊角さんそいつ取り押さえて。」←和谷
「おい。ちょっと和谷引っ張るな !楽平 押すなって」
伊角の叫びも空しく楽平と和谷の攻防が繰り広げられる。
「お前らいい加減にしろ!!」
とうとう雷を落とした?伊角に楽平は自分から離れると和谷に向って
大きな声でいった。
「タイキョクシツ で マッテル!デベソノ ワヤクン」
そういって走っていった楽平に和谷がため息を着きながら不満をぶつけた。
「なんだよ。あいつは。俺に似てるって顔だけじゃん。俺あんな
悪がきじゃなかったぜ。」
それを聞いていた楊海が頭を抱えながら言った。
「ねえ、和谷くん。さっき楽平が走り去る前に言ってたことなんだけど・・・」
和谷が飲み込めずキョトンとする。
「何?」
「進藤くんはわかった?」
突然楊海が俺に振ってきたので俺は頭をかいた。
「えっと対局室で待ってるとかって和谷に言ってたみたいだけど。」
「問題はその後さ。」
伊角が苦笑いした。
「俺はわかったけどな。」
「伊角さんなんって言ったの?あいつ。」
一瞬躊躇した伊角が和谷に言った。
「えっとデベソの和谷くんっていってたけど・・・」
和谷の顔が真っ赤になった。
ひょっとして事実だったとか?
そう思ったが言葉に出さなかったのは伊角も楊海も同じである。
神妙な顔つきで必死に笑いを抑えてる。
「あいつ 絶対ゆるさねえ〜売られた喧嘩は買ってやる!」
和谷の叫びが棋院中にこだました。
対局室に入ると一斉に和谷が注目を浴びたのはいうまでもない。
楽平は余裕の笑みを浮かべて座って待っていた。
俺は和谷に忠告した。
「和谷落ち着けよ。楽平は強いぜ。」
「ああ。わかってるって。俺もこいつとの対局結構楽しみにしてたんだ。
えらい歓迎を受けちまったがな。」
和谷は意外に落ち着いていて俺は安心する。
楽平と和谷が碁盤をはさんで向かい合った途端楽平が声を掛けたのは伊角だった。
「 イスミクン ワヤトノ タイキョクデ オレガ ドレダケ ツヨクナッタカ ミテヨナ。
ソノアトハ イスミクン ト ウツカラ 」
そう言った楽平もいつもよりも落ち着いて見える。喧嘩ごしになる事が多い
楽平にとっても珍しい。お互い出あった瞬間にライバルとして認識したのかも
しれない。
そうして・・・・
大勢のギャラリーが見守る中 勝利したのは和谷だった。
それもほんのわずか半目の差。
楽平はよほど悔しかったのだろう。
唇をぎゅっと結んで和谷をにらみつけた楽平の瞳には涙が浮かんでいた。
そんな楽平の肩に伊角が手をおいた。
「楽平 強くなったな。俺と次は打ってくれるんだろう。
俺も楽平と打つの楽しみにしてたんだ。」
楽平の頬を必死に我慢していた涙が頬をつたった。
「ウン。デモ、チョト マッテ、オレ・・」
楽平はその場を急ぐように立ち上がった途端碁笥のフタの中に入っていた
アゲハマが床に落ちた。だが、楽平はそれには構わず対局室から走り出した。
その後を伊角が追いかけようとして躊躇して足を止めた。
楽平が去った後も碁石も片付けずに布石を見つめる和谷に
俺が言った。
「よほどショックだったんだな。和谷に負けたのが。」
「俺もショックだったぜ。あいつには慰めにもならねえから言わなかったけど、
今の対局日本だったら負けてたのは俺の方だ。」
確かにその通りだ。日本と中国ではコミの条件が違う。黒先番のハンデは中国
では7目半 日本は6目半。日本だったら逆に和谷が半目負けていた。
「皮肉なもんだな。俺があいつに勝てたのは中国で対局したからって・・」
楽平の落とした石を拾いながら伊角がいった。
「それは違う。そりゃ場所もあるだろうけど、勝負は時の運もある。」
その人の積み重ねてきた努力に想い感情 意志 etc
その全てがその時の勝敗を決めるんだ。」
「そうだな。次はわからねえな。」
そういった和谷は楽平との次の対局をすでに待ち焦がれているよう
だった。
そして次の日から楽平はかじりつくように和谷と対局した。 |