大地へ


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ここに来て2ヶ月・・・まずまずのスタートを切った俺は
最近高段者との対局が中心になってきた。




北京の夏は日本と同じく蒸し暑い。

今日、明日はで久しぶりの連休という日。
楊海は妙に早朝から浮かれていた。

朝早くからトイレとつながった洗面所に場所を陣取りおかげで俺は
トイレを我慢しなくてはいけない羽目になった。

鼻歌を唄いながら洗面所から出てきた楊海と交代するように洗面所に
駆け込んだ俺に楊海が謝罪した。

「悪い。進藤君。」

「楊海さん時間掛けすぎ!」



そうしてトイレからでて来た俺は目を丸くする。普段ラフなシャツと半ズボン
というルックスの楊海がこのくそ暑いのにスーツを着ていたのだ。


「どうしたんの。楊海さん?」

楊海はネクタイを締めながら意味ありげににやりと笑った。

「進藤くん。やぼだな、みりゃわかるだろ。これからデートなの。」

デートにしてもえらくしゃれこみ過ぎだと思ったが楊海さんは意外とそういった
所はマメな人でもある。

「へえ〜楊海さんって付き合ってる人がいるんだ。」

「まあな。」

そういった楊海さんの顔は鼻の下が伸びて顔もニヤケている。
面食いの楊海の事だからきっと美人の彼女なのだろう。

俺は思ったことを口にする。

「楊海さんその人美人だろ?」

俺のその質問が余計に楊海を調子にのらせてしまったらしい。

「何 進藤くん興味ある?」

うれしそうにそういいながら机からだした1枚の写真を見せてくれた。
思ったとおり美人で清楚なお嬢さんといった感じの女性だった。

俺がじっとその写真を眺めていたら、楊海さんが覗き込んできて
怒ったように写真を取り上げた。


「進藤君、横恋慕はだめだぜ。」

楊海の声色は怒っていたが顔は笑っている。俺は楊海のその言葉に噴出した。

「俺は女性になんて興味ねえよ。」

「そんな事はないだろう。進藤くん15だろ。そういうのに興味
持ってもおかしくないと思うぜ。っていうかそのころってそういう事
にばかり俺は興味もったけどな。」

もちろん思い当たる所はあったがそれを漏らすと
後でどういうことになるか空恐ろしいので、とぼけて見せた。


「そういうもんかな。俺にはわかんねえけど・・。」

「おいおい、進藤くん。本当かい?まさか碁が恋人なんて事ないよな。」


俺は楊海のコイビトの言葉に塔矢を思い浮かべて・・・・そして大笑いした。

「ふうははは・・・」

「どうしたの 進藤君?」

突然笑い出した俺に楊海が首をかしげる。


「いやさ、楊海さんがあんまし可笑しな事言うから・・・碁が恋人か、そうか、俺
そうかもしんない。」

塔矢は俺にとって碁と同じぐらい全てにおいて譲れないし変わらない人だと思う。
楊海が怪訝な表情をする。


「残念だな。進藤君けっこうもてるんだぜ。
君が碁が恋人なぞと言ったなんてファンには聞かせられないよ。」


すっかり準備が整った楊海がため息をつきながらぼやいた。
実はここに来てからその手の話は尽きなかった。
持ってくるのはほとんどが楊海で、俺に付き合ってみたらどうだと
女の子を紹介してくる。
俺はその度に適当な理由をつけて丁重に断ってきた。

こういうところがなければ楊海はいい人なのになどと思っていると楊海が
真顔で話しかけてきた。



「進藤君、俺は今日帰ってこないからね。君もたまには息抜きでも
しろよ。」

「うん。楊海さんありがとう。」



うれしそうに鼻歌交じりでていく楊海がなんだかうらやましかった。


     
      


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