オレがようやく帰り支度を終えて部屋をでたら部屋の前に塔矢がいて オレは心臓が止まりそうなほど驚いた。
こいつってどこの世界でも神出鬼没なのな。
「進藤 大丈夫か?」
「ああ。まあ・・うん。」
余計な事をいうとまた突っ込まれそうだから曖昧に返事すると塔矢は
渋い顔をした。
「体調はきちんと整えておくのが棋士としての勤めだろう。」
きつい眼差しでそういわれてオレはうっと言葉に詰まった。
それはオレの信念ともいえるものだったからだ。
前に対局をさぼっちまった時からの戒めっていうか決め事っていうか。
塔矢がいうぐれえだからおそらく こっちのオレもそうなんだろうって思うと俺は返す言葉が見つからなかった。
が・・きつくそういった塔矢は目を細めて今度は労わるように
俺の肩をぽんぽんとたたいた。
「でも・・生理的なものはそうは言ってられないだろう。」
オレは驚いて塔矢の顔をみた。
「塔矢お前知ってたのか?」
塔矢は言いにくそうに言葉を捜してる感じがした。
「まあ。いつもあの時はその・・・君が大変そうだから。
それに君のお母さんから電話をもらったから。」
「なんだって母さんが・・!!」
塔矢の言ったことに『お袋はやっぱりオレの母さんだっ。』て〜先ほど思ったことも
飛んでしまうぐらいオレは驚いたし腹がった。
大体そんな事を男の塔矢に言うなんて変だろ!!
やっぱりこっちの母さんは塔矢とグルなんだってオレは確信した。
グルっていうのはここ数日(オレがこっちのヒカルの体になってから)
何かにつけ母さんが「塔矢くんは・・塔矢くんは・・。」って
こいつの肩ばかり持つことをオレはひそかにそう言ってるだけなんだけど。
だって息子のオレより頼りにしてんだぜ?なんかヤだろ。
それ以前の問題として性別の違いがあるのだが今のヒカルは
母が塔矢に取られてしまったようなそんな気分だった。
「進藤、それより体の具合本当に大丈夫?薬飲んだのか?」
「薬?飲んでないけど・・。」
そういうと塔矢はあからさまに顔をしかめた。
「やっぱり。君のお母さんが電話で君が薬を忘れたんじゃないかって 心配してらしたから。」
そういうと塔矢はオレに小さな白い錠剤をくれた。
「これは?」
「痛みどめだ。いつも君が飲んでるものとは違うけれど、効き目は同じだから 大丈夫だと思う。」
オレはそんな薬があるのかとありがたく塔矢からそれを受け取った。
「ありがとな。」
「僕はホテルの前に車を出しておくから、君はその薬を飲んだら来てくれ。」
そこまで言って立ち去りかけた塔矢がオレの前にもう1度来る。
「君の鞄も持っていっておくよ。それじゃあロビーで。」
そういうと塔矢はオレの持っていた鞄を取り上げた。
ってやばいよ。それにはオレの帰りの電車の切符も財布も入ってるんだぜ?
「えっちょっと・・・おい 塔矢!?」
オレが言いかける前に塔矢はさっさと行ってしまった。
たく・・・人の言う事聞かねえところなんてオレの塔矢と
まったく一緒なんだから。
と、心の中でぼやいたヒカルは『オレの塔矢』と言った自分に苦笑いした。
こっち来てからオレまで毒されてきたみてえだ。けど・・。
立ち去った塔矢の背を追いながらオレはそれを満更でもないなんて
思ってる。
ヒカルは自分の中に芽生えていく想いを認めざるえなかった。
ヒカルが薬を飲んでロビーに降りるとフロアー横に停車した車の運転席に
塔矢が乗っているのが見えた。
オレはこの時はじめて塔矢が免許を持ってることも車を持ってることもしった。
とはいえこっちの塔矢だけかもしれねえけど。
塔矢はわざわざ降りてきて俺を助手席までエスコートしてくれた。
オレは仮に今は女と言えそれがすげえ気恥ずかしかった。
だってまだこのホテルのロビーには オレの顔なじみの記者の人もいたしスポンサー関係の人もいるんだぜ。
いくらこっちのオレは婚約者だかなんだかでもまずいだろ。
オレがそんな事を思ってると案の定GOGO囲碁の顔なじみの記者が
オレたちに声を掛けてきた。
「進藤先生体調すぐれないんだって。今日は遠慮するけど最終戦終わったら
是非進藤プロにインタビューに応じてほしいな。出来れば塔矢くんも一緒に。」
オレはその返事にどう応えていかわからなかった。
大体オレは『進藤ヒカル』のピンチヒッターみてえなもんだし。
オレが返事に困っていると塔矢のやつが変わりに応えてくれた。
「それは彼女の最終戦の勝敗に関係なくですか?」
「出来ればね。」
「僕も一緒にというのはプライベートな事も聞かれるのでしょうか。」
塔矢がそういうと記者は苦笑した。
「ええ。囲碁ファンにとっていまや注目の二人だからそういった記事も
書かせてもらいたいと思ってますよ。」
塔矢が渋い表情をしたので記者は慌てたように付け加えた。
「だからといってそれをメインにインタビューしようって わけじゃないんだよ。」
そう付け加えた記者に塔矢は笑った。
「構いませんよ。」
そういってから塔矢がオレに「いいよね?」と相槌を求めたので俺は
それに頷くしかなかった。だけどつまりそれは、
母さんたち身内だけじゃなく記者たちまで俺たちのことを知ってるって事?
記事にするって事はオレのしらねえ人にまで知られちまうって
ことだろ?
ひょっとするとずっとこのままだとオレ塔矢とマジで結婚しなくちゃ
なれねえってことか。
想像を絶する事態にヒカルは目の前が真っ暗になった気がした。
オレはいつの間にか塔矢の運転する車の助手席に乗らされてた。
「進藤顔色悪いな。シートリクライニングして寝てる方がいいんじゃ。」
確かに体は重くてだるかったし、眠気もする。
「うん。そうさせてもらう。」
オレがそういって目を閉じると温かい毛布がふわりと舞い降りてきた。
塔矢がかけてくれたんだろう。
「さんきゅ」
「ああ。進藤・・・・・・」
オレがそういうと塔矢が何かオレにいったが俺はその言葉を聞く前に
眠りへと落ちていた。
11話へ
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