対局を終えた後ヒカルはふっと長い息を吐いた。
対局中は余計な思考は入ってこない。
それはありがたいことではあったが・・。
「女流名人戦どうなったんだろ?」
碁石を片付けながらぽつりとつぶやいたヒカルの台詞にヒカルの
対局者だった芦原は苦笑いした。
「進藤、女流名人戦なら先ほど終えたよ。小林女流名人が防衛した。」
そう答えたのは二人の対局を観戦していたアキラだったが、ヒカルは
そんな事にも構えないほど思考が入り込んでいた。
名人が防衛・・・ってコトは、あいつ負けたのか?
けどオレの存在はこっちにはねえわけだからわかんねえよな。
ぶつぶつとつぶやくヒカルにアキラと芦原は顔を見合わせた。
「進藤一体どうしたんだ?」
アキラの声でヒカルはようやく我に返った
「ってなんで塔矢がここにいんだよ?」
「失礼だな。君の対局を観戦してたんじゃないか。」
「そ、そうなのか?」
ヒカルの反応にアキラは顔をしかめたが、芦原はまあまあとアキラを
宥めるように割って入った。
「それより進藤くんまたなぜ女流名人戦?」
芦原の質問はしごく最もなものだった。
男のヒカルには全く関係のない手合いと言えたし・・。
ヒカルはうっと言葉を詰まらせた。
まさかオレがその挑戦者だったからといえるはずはない。
こっちのヒカルは男だから存在そのものが違うし。
けど、そのへんの所はなんか納得いかねえよな。
ってそれよりも芦原さんになんて返事したらいい?
「えっと、まあそれは・・・まあ気になる対局だったから。
それより芦原さんお疲れ、オレお先失礼します。塔矢またな。」
結局ヒカルは返事に困り言葉を濁して立ち上がった。
こういうときには逃げるにかぎるのだ。
検討すらせず立ち去ったヒカルを芦原とアキラは顔を見合わせた。
「どうしたんだろね。進藤くん。なんだか慌ててたみたいだったけど。」
「ええ。気になるので僕は彼を追いかけます。芦原さん失礼します。」
「えっ?おい。アキラくん!?」
他にまだ対局者がいたので大声で引き止めるわけにも行かずアキラが
立ち去ったあと芦原はふ〜っと長い息をついた。
全く進藤くんもアキラくんもいつまでも芦原にとっては子供のような気がした。
もっともその子供にオレは負けたわけだけど。
芦原は苦笑するとふっと長いため息をついた。
棋院を抜けて駅前にいくまでアキラはヒカルを捕まえる事が出来なかった。
「進藤!!」
大声で呼び止められてヒカルはようやく足を止めた。
アキラはヒカルがようやくここに来て観念したような気がした。
「塔矢、お前大通りで大声で名前を呼ぶなよ。恥ずかしいだろ。」
「君が逃げるようなマネをするからだ。」
「逃げる!?何でオレがお前から逃げなきゃならねえんだよ。」
「実際そうだろ。」
ぎりぎりと詰め寄る塔矢にヒカルは戸惑った。
正直どうしていいのかわからないのだ。
アキラは確かにヒカルに好意を持っていると思う。
だからなおさらにどうしたらよいのかわからなかった。
オレがこいつの想いに応えるわけには行かない。
こいつはオレの塔矢じゃねえし、俺はこいつのヒカルでもない。
けど・・・同じまなざしで真剣に向かってくるこいつを見てると
オレは錯覚してしまう。
オレの塔矢のような気がして。
オレが口を閉じると塔矢もそれ以上先ほどのことについては触れなかった。
「進藤、急いでたのか?」
「いや、そういうわけじゃねえけど。」
「だったら今から打たないか。」
「今から対局?構わねえけど碁会所で?」
「いや、今日は碁会所は定休日だから、僕の家でどうだろうか?
両親も今日はいないんだ。」
「塔矢ん家・・。塔矢先生もいない?」
オレはそうつぶやいて自分の顔が熱くなるのを感じた。
それは【以前】塔矢が下心があるときにつかう常套手段だったから。
ってオレ何考えてんだよ。今のオレは男でしかも塔矢と付き合ってるわけでも
婚約者でもねえんだ。
そんなことするわえねえだろ。
オレは何か返事をしようと思って口をあけたがそれは目に入ったショー
ウィンドのモデルにもって行かれてしまった。
丁度塔矢とオレが立ち止まった場所にはブティックの
ショーウィンドがあった。
そこはいつも季節に応じて最新モデルのCPたちの装いが
飾られてる。
今はそのウィンドぅにはタキシードとウェディングドレスが飾られたマネキンがいて
道行く人の目を楽しませていた。
『なんでよりによってここに?』
ここでこの間塔矢と話をしたんだ。
ウィンドウを見上げた塔矢にオレは気恥ずかしさをかんじて
言ったんだ。
『いっとくけど、オレはそんなの着たって似合わねえからな。」
『それは残念だな。でも和装も僕としては捨てがたいから。」
『オレはそんなつもりで言ったんじゃ・・・。』
真っ赤になってそう言ったら塔矢は何を思ったのかオレの手を引いて
このブティックに入ろうっていいだしたんだ。
それで喧嘩になって・・
それからオレは塔矢には会ってない。
ヒカルはそのことを思い出してぎゅっと唇を結んだ。
「進藤どうしたんだ?」
「オレお前の事・・・。」
「進藤・・?」
口にしそうになった台詞にオレは我に戻った。
違う、これはオレの塔矢じゃねえ。けど・・・。
「ごめん。オレ今日はやっぱやめとく。また今度誘って・・。」
「進藤??進藤待って!!」
オレは塔矢を振り解くとがむしゃらに走った。
締め付けられる思いでヒカルは愛する人の名を何度も呼んだ。
「塔矢・・・塔矢オレお前にに会いてえ。」
こんなに近えのにすげえ遠くて・・・。なんでお前はオレの塔矢じゃねえんだよ。
言葉にすると堪えていた涙がこぼれ落ちそうだった。
9話へ
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