(さて話はもう一人のヒカルの方へと戻します。)
ヒカルの考えはさっきから同じ事ばかりで回っていた。
一体俺はどうしちまったのか。
体のこと、回りの事、そして塔矢のこと。
「あああわかんねえ〜。」
そう叫んでヒカルはベットに突っ伏して目の前にあるものを
腕で遮断した
このまま目が覚めたら元の世界だったらいいのに。
でも、まだこの現実は俺の世界じゃない。
感覚がそういっていた。
急速に眠りに落ちていくような感覚に身を任せると光の中に
俺のよく知ってるやつが待っていた。
「お前は・・?」
同時にそう呼びかけて向かい合う。
オレ・・・?
そうそこにはまぎれもなくオレ・・がいたのだ。
そいつはオレを見てオレと同じように声も出ないほどに
驚いていた。
「驚いたな。」
しばらくたってどちらかがそうつぶやいたがそれは自分
だったのか相手だったんのかヒカルにもわからなかった。
「お前・・・オレにそっくりだ・・よな。」
自分に向かって話しかけてるような気がしてヒカルは
妙な気分になった。
ヒカルはもう1度自分の体を確認するように胸に手を当て、
顔をしかめた。
そこにはあってほしくはないものがあって
そして向かいにいるそいつにはそれはなかったのだ。
「お前何者?」
「オレは進藤ヒカル。」
そういわれた瞬間頭をカチンと殴られたような気がした。
ヒカルにはわかったのだ。
こいつを見たときから。こいつはオレだってことが・・。
「お前も進藤ヒカルなんだろ?」
「そうだけど・・。」
「どうなっちまったんだよ。俺たち。」
「オレの方が聞きたいって。」
「でも・・・」
もう一人のオレは少し躊躇すると聞いてもいいかとたずねてきたので
うなづいた。
「お前も佐為に会ったのか?」
佐為・・・その名には不思議な響きがあるような気がした。
オレにしか見えなかった。オレ以外 気づかない存在だった佐為・・・
その存在を知ってるやつが目の前にいる。
佐為が消えてからオレはずっと幻じゃない。存在したんだってんだって!!
叫び続けながら碁を打ち続けてきたような気がしていた。
ヒカルがその問いかけに大きくうなづくともう一人のオレは
嬉しそうに微笑んだ。
「そっか。なんか嬉しいぜ。
こうやって佐為のことを知ってるやつがいるなんて。俺夢見てえ。
ってこれ夢なのかな。」
「どうだろうな。でも少なくとも今起きてることは現実だろ。
なあ?オレもお前に聞きたいことがあるんだけど。」
「何・・?」
「塔矢のことだけどさ。お前マジあいつと結婚するのかよ。」
「するさ。オレあいつのこと好きだから。オレのパートナー
は塔矢以外考えられねえもん。お前は違うのか・・?」
逆に聞き返されてヒカルは焦った。
「オレ・・?オレとあいつは男通しだし、それに生涯のライバルだしって
これはオレが勝手に思ってるだけかもしれねえけど・・・。」
そんなわけねえだろとは、なぜかはっきり言えなくてヒカルは口ごもった。
「生涯のライバルか・・。」
もう一人のオレはそうつぶやくと少し寂しそうに俯いた。
「なんだよ。」
「ごめん。なんか変な感じだよな。オレ偶然今日塔矢が見合い
するって聞いて我慢できなくてそれで見合いなんてやめろ!って
塔矢ん家押しかけたんだ。」
ことの次第をきいてヒカルは顔を真っ赤にさせながら、つい自分の
身に起こった出来事も口にしていた。
「オレなんてあいつにいきなりキスされて・・・・。」
言いかけた言葉を慌てて飲み込もうとしたが、もう一人のオレは腹を抱えて
笑い出した。
「なんで笑うんだよ。」
「だって可笑しいんだもん」
笑い事じゃないだろって言いながらも俺もなんだか一緒になって笑ってた。
突然もう一人のオレは真顔になった。
「オレ他のやつが塔矢と結婚するのはぜったい嫌だけど、お前だったら
許せそうな気がするな。」
「なんだよそれ。・・オレは男だからあいつとどうこうっことはねえって。」
「でもずっとこのままだったらどうする?」
「それは・・。」
そう言われて俺は何か言いかけようとした言葉をぐっと飲み込んだ。
「なあ。体が変わっちまっても俺は進藤ヒカルだって・・思うんだ。」
「でもオレとお前は違うだろ。」
「わかってる。でもさ。」
『他人だとは思えない。』
二人で一緒にそう口にして見合わせるとなぜかその言葉が身にしみた。
「次に目が覚めたら元の体に戻ってたらいいな。」
「そうあってほしいよな。でももしそうでなかったとしても・・・
オレはオレ・・・でありたい。」
もう一人のオレが言ったその一言をヒカルも心の中で繰り返した。
『オレはオレ・・っか。』
互いの間の距離が広がりはじめた。
「なあ、今度目が覚めて互いの体に戻ってたらお前も真面目に
塔矢のこと考えてみろよ。」
遠ざかっていく距離にオレは大声を上げた。
「なんでオレがあいつの事なんか・・。」
「オレ今日お前の塔矢と会って確信した事があるんだ。
あいつももお前の事が・・・・きっと・・・・だ。」
「塔矢がどうしたって?おいって!!」
もう少し話したかったのに・・・。と思う間に目に見えていた空間が崩れ
ふわりとした空間の感覚がやがてはっきりと輪郭を作る。
気がつくとオレはオレの部屋にいて、耳元で携帯の音がしていた。
慌ててヒカルはそれを取ったが次の瞬間それは切れていた。
携帯の履歴を見ると塔矢だった。
ヒカルは布団からガバッと起き上がると確かめるように胸に手を置いた。
そこには夢でも幻でもなく胸があった。
ヒカルは大きくため息をつくと携帯をみつめたのだった。