さてこちらは本来女の子であるはずのもう一人のヒカル。
ヒカルは今朝起きて自分に起こった出来事を飲み込めないまま
家にこない塔矢に苛立ち雨の中碁会所まで来たのだが
その扉の前で躊躇していた。
毎日のように通ったはずのこの碁会所も
ヒカルの知らない世界のような気がしたのだ。
でも塔矢、お前はオレのことちゃんと覚えてるよな・・?
祈るような気持ちでドアに手をかけると背後から突然
声をかけられた。
「おや進藤くん、今日は早いんだね〜。」
指導碁もした事がある広瀬さんに話かけられたこともあって
ヒカルは少しほっとした。
「おはようございます。」
「今からアキラくんと打つのかい?」
「まあそういうとこかな。」
広瀬さんと一緒に碁会所に入ると市河さんがあら?っと不思議そう
に声を上げた。
「おはよう。進藤君今日は珍しいわね〜。」
一緒に入った広瀬さんが濡れたヒカルの肩をぬぐいながら言った。
「何でも進藤プロは若先生と約束してるんだそうだよ。」
市河さんは驚いてヒカルをみた。
「進藤くんアキラくんと今日約束してたの?」
「えっとその・・・。」
問い返されてオレが返事に困ると市河さんがヒカルにだけ聞こえる
ように小声で言った。
「進藤くんここだけの話なんだけどね、アキラくん今日はお見合い
なのよ。だから今日は・・・。」
「塔矢がお見合い・・・!?」
衝撃的な言葉にヒカルは言葉をなくす。
「そうなの・・しかもアキラくんの方からこの縁談のお話を持ち
出したのよ。」
まさか・・そんな?動揺を隠せないヒカルに市河がため息をついた。
「私もちょっとショックなのよね〜。アキラくんプロになってもう
7年とはいえまだ20歳だし。ずっと弟みたいに思っていたし・・・
そうよね。同じ歳の進藤くんならもっと・・。」
それ以上市河の話は聞きたくなかった。
お見合いってなんだよ。うそだろ・・。
「進藤くん どうしたの・・?」
ヒカルはいきなり碁会所を飛び出すとがむしゃらに雨の中を
走り出した。
お見合いなんてうそだろ。冗談だよな?
塔矢オレのこと愛してるっていったじゃん。
なんでだよ。
それともやっぱりここはオレの知ってる世界じゃなくて
別の世界なのか。そんなのオレ納得できねえよ。
ヒカルは何かを確かめるように胸に手をおいた。
平べったい胸とドクンドクンとなる心臓の音がヒカルに
これは現実なのだと教えていた。
ヒカルは立ち止まるとますます激しくなる雨の空を見上げた。
もしオレがずっとこの世界にいたら俺は男のままで
それで塔矢のこと諦めなきゃならないのか?
オレ諦められるのか・・
今更あいつとただのライバルになれるのか・・?
雨と一緒になって涙が頬を零れ落ちる。
諦める事なんてオレできねえ。
だってオレはお前の事・・・。
ヒカルはごしごしこ瞳をこすると今度はしっかりと前を
みた。
行こう。塔矢のところに。
そう決めた途端ヒカルは少し気が楽になったような気がした。