翌日昼前には、皆、オチのステージに集まって、出番に備えていろいろ準備をしていました。
緒方は、鼻歌を歌いながら、ステージのある場所へとやってきました。
「緒方君。 何か嬉しそうじゃないか?」 桑原本因坊はそう、声をかけました。 「そうですか。」 緒方は、今日は、全く言い返さず、にこやかで気分がよさそうでした。
余裕で去っていく緒方を見て、本因坊は呟いたものでした。 「つまらんのう。 いかんな。 あやつは貫禄がつきおった。 まずいことよ。 からかう楽しみが減ってしもうたわい。」
緒方のご機嫌の原因はスーツのポケットに入れているサイでした。 サイは少し顔を出してあちこち眺め回していました。 ヒカルに見つからないようにと、パッと隠れられるようにしながらでしたが。
『あんなに。 まったく、私が目を話すと、すぐに…。』 サイの呟きに緒方は言いました。 『どうしたんだ?』
そういってサイの指す方を見ました。 アキラがヒカルにぴったりとくっ付いていました。
『許せません。 私というものがいながら…。』 『おいおい。 サイ。 今は私の守護妖精だろうが…。』 『いいえ。 妖精は一度に一人の守護妖精にしかなれないのです。 あなたはゴキブリがどうのといいませんでしたか? 衣装箱の私に…。失礼ですよ。』
サイが拗ねて見えたのが、緒方はいたく気に入ったらしくて、ポケットに手を突っ込みサイに触りました。 『触らないで下さい。私に触っていいのはヒカルだけですからね。』
『いいじゃないか。 俺はあんたがひどく気に入ったんだ。 もうゴ石もヒカルもどうでもいい。 あんたが、俺といるなら…。」 からかうように、緒方は、しつこく、サイに迫りました。
『いいですか。 私が見えても駄目なのです。 私はヒカルの守護妖精なのです。 ヒカルが立派な役者になるように導く役目を負っているのです。』
サイが力んで説明するのを緒方は呆れて眺めました。少し溜息をついて言いました。 『判ったから、そう、力むなって。 今は平穏じゃないか。 アキラ君がヒカルと一緒にいてくれて、俺はサイと一緒で…。 何もかもぴったり上手くいっている。 まあ、その話は、この芝居が終わった後だな。』
その時、ドアが開いて、この豪勢なステージの主のオチが現れました。 サイはポケットにすっぽり隠れ、ボタン穴から様子を見つめました。
「皆さん。芝居は夕方からです。 今日は天気がことのほか良いようです。 それぞれに点検を済ませて、出番に備えて下さい。 間もなく、ヨウキ様ご一行もお出でになることでしょう。」
そこへ、召使が、大急ぎで、オチの元へやってき
て、告げました。 「ヨウキ様がご到着されました。」
ほどなく、ヨウキは、座間と御器曽に見張られるように、一緒に現れました。 辺りを見回し、アキラたちを見つけ、ほっとしたように、ちょっと、微笑みました。
それから、皆に向かって挨拶をしたのでした。 「皆さん。 立派にステージを勤められますように。 芝居の成功を祈っております。」と。
|