サイのお蔭で、ヒカルたちの舞台は、上々の仕上がりでした。 「ヒカル君って、演出家の素質もあるみたいだよ。」 芦原は感心したように言いました。
信じているとはいえ、アキラが中々戻って来ないのが、少し不安なヒカルでした。カーニバルまでもうあと1日と、日が迫っていました。 不安な気持が演技に現れたのでしょうか。
『ヒカル。気持が入ってません。』 サイは厳しくヒカルに注意しました。 『だって、アキラが…。』
サイには気に入りませんでした。 この短い期間に、みんなとても良く頑張りました。 アキラはもう優れた演技力を身につけていますから、どこにいても、自分のパートはきっちりと練習していますよ。 ヒカルは、飛躍的に伸びました。驚くべきことです。 でも一つだけ足りないのです。
私に頼りすぎる。 人に頼りすぎるところがある。
ほんの僅かな期間にこれほどまで、伸びる才能は滅多にない。 ヒカルにはきわめて優れた学習能力があるのです。 演技力を身につける力、人と呼吸を合わせる力です。 それが天才と呼べるものなのに。 このままでは…。
ヒカルに今必要なのは…サイは、何事か決心したようでした。
「ほんと、ヒカルってさ。 始めて会ったときは、へたっぴだったけど、すげーうまくなったよな。」 和谷たちは、ヒカルをすごく褒めました。
「まあな。俺、絶対に本因坊になってみせる。」
ヒカルのその言葉を聞いたサイは、頷きました。
『あなたなら叶うでしょう。叶えて欲しいです。頑張って下さい。』 そう言って、気付かれないようにヒカルからそっと離れました。
その日の午後、ヒカルの様子がおかしいのに、皆が気付きました。 椅子の下を覗いたり、カーテンを揺らしてみたり、道具箱の中を覗いたり…。
「どうしたんだ。」と聞かれても、元気なく首を振るばかりでした。
その午後の稽古をヒカルはとちってばかりいました。
「どうしたんだ?」 「もう、あさっては芝居の幕が開くんだぞ。」 「俺、芝居できない。やめる。」 ヒカルは苦しそうに言いました。 「何言ってるんだ? お前の抜けた後を誰がやるっていうんだ?」 和谷が怒鳴りました。
その晩のことでした。 やっとアキラが戻って来たのです。 皆ほっとしました。ヒカルもこれで元気を出すだろうと。
アキラは、皆のリハーサルの様子を見ました。 そして首をかしげたのです。
「ヒカル? どうしたの?」 ヒカルの様子がおかしいことに、目ざとく気がついたアキラでした。
「アキラ。 俺はもう駄目だ。 サイがいなくなっちゃったんだ。」 「えっ?」 アキラは、いろいろなことがあって、サイのことをすっかり忘れていましたから、その言葉でサイのことを思い出しました。 アキラは、ヒカルの周りを見回しました。 サイはいませんでした。
「サイが、見えないってことは、俺には芝居の才能がないってことなんだ。」 「ヒカル。君は。サイが見えない人たちだって皆、芝居をしているじゃないか。立派に。」 「でも。俺。」 「僕はじゃあ、サイが見えるまで、才能がなかったてことかい? この芝居はただの芝居じゃない。 この国のステージとあの方と、みんなの運命がかかっている大切な芝居なんだ。サイは関係ないんだ。君は自分を信じるべきだ。」
アキラの強さはヒカルの自信をますます失わせました。
「だから俺じゃ駄目なんだよ。」 「ヒカル。」 アキラは、いらいらしました。 「とにかく、芝居を続けるしかない。」 そうきつく言うと行ってしまいました。
真夜中に一人ぼんやり、ステージを見つめているヒカルに伊角が近寄ってきました。 「ヒカル。確かにほんの数週間で、これだけやってきたお前は、きっと無理をしてるんだろうと思う。 でもな。お前は本当は芝居がしたいんじゃないのか?少なくともな。 この先お前が伸びるか伸びないか、芝居を続けるか続けないか、それはお前が決めることだけど。 この芝居だけはやってみないか。 今のお前でいいんだよ。 この芝居のお前の役どころは、芝居が上手くない役者志望の少年の役だ。素のままでいけよ。 お前がついこの間まで夢見ていたそれをやってみろ。 やめるかやめないかはその先に、考えろよ。 下手だっていいじゃないか。今の自分を精一杯出せば。」
ヒカルは頷きました。自分が穴を開けて、みんなに迷惑がかかるのはいやでしたし。今のままで良いというなら精一杯やるしかない。村へ帰るかどうかは、その先のことだ。
翌日、少し寝不足ながら、ヒカルはリハーサルに臨みました。 芦原が言いました。 「今日は、アキラも戻ってきたから、総仕上げをする。」
練習の幕開けに、客席の隅に、数人の人影がありました。 「コウヨウ先生。お久しぶりです。」 「うむ。仕上がり具合をじっくり見せてもらうよ。」
「ほう、あの子は?」 コウヨウは、ヒカルを見ながら呟きました。
「あの小僧をわしは気に入ってるんじゃよ。 今日はまた、一段と力が入っているような…。 オーラのにおいがする。」 桑原本因坊がそう言って、かっかと笑った時、誰も気付きませんでしたが小さな風が起こりました。
『何で、私のにおいが判るのでしょう? この者。 こちらの男には気付かれないというに…。』 「まあ。わしはステージの精に祝福された男じゃからな。」 サイの呟き居合わせるかのような本因坊の声でした。 彼にはもしかしたら見えるのでしょうか?
「ステージの精ですか。 私は各国を回って才能を捜し歩いてきたが、優れた才というのは、ここにもあるようですな。」
舞台を見つめるコウヨウの言葉でした。
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