続・BOY&GIRL

16





※16話は女の子ヒカルのお話になってます。
     
約束より少し早い時間に駅についたヒカルは空を見上げた。
雨が降り出しそうな雲行きだった。

電話で約束したこの駅はヒカルとアキラが一緒に暮らしてる
マンションの最寄り駅で、だから不思議な感じがした。

このまま並木通りに沿って歩けばマンションがあって
元の世界がありそうな気がするのに。
きっとあのマンションの
あの部屋には誰か別のやつがすんでるんだろうな。

そんなことを考えていたら向かいから傘を持った
アキラがやってきた。その瞬間心の中がぼわっと熱くなった
気がした。
先日もこんなことがあったのだ。

出先に傘を忘れてアキラが駅まで迎えにきてくれたんだ。


「ごめん。待たせたろうか?」

「いや、」

「行こうか。」

「ああ、」


アキラの後を追いながらヒカルはあいつとオレが
この世界が重なって行くような気がした。





ヒカルはマンションまでついて唖然としていた。
電話で駅名を聞いたときからまさかとは思ってたのだ。

エレベーターに乗り込んで5階を押したアキラにヒカルは
思わず聞いてしまった。

「ひょっとして505号室か?
お前このマンション一人で住むには広すぎねえ?」

アキラは目を丸くした。

「その通りだけど進藤このマンションに来たことあるの?」

「えっ?ああ・・・。いや。」

言った後自分でどっちなんだっと心の中で突っ込みを
入れた。

そうするとアキラが苦笑した。
エレベーターを降りると 普段何気なく見てきた景色が
見晴らしが広がっていた。
505号室の前でヒカルはわけもなく足が手が震えた。

このマンションは二人で探したんだ。
505号室の部屋はヒカルの意見でアキラは笑ってその
提案を聞いてくれた。
こっちのアキラはどういう経緯でここを選んだのだろう。


「どうぞ、」

「ああ。」

神妙な面持ちで玄関を入ると目をきょろきょろさせた。

雰囲気は少し違ってた。
アキラの持ち物(傘)や靴は同じなのだが引っ越した
ばかりなのか生活臭があまりない。

玄関に入ってすぐ右側がヒカルの部屋でその奥に風呂場
があるのだが。ヒカルは自室に興味がそそられた。

「塔矢、この部屋何に使ってるんだ。」

「そこは物置だよ。」

「見てもいいか?」

「構わないけど、何もないよ。」

こうなったら好奇心の方が大きかった。

開けた部屋ははじめてこのマンションに来たときのように
がらんどうだった。
言い訳のように端にトランクが一つ置いてあるだけだった。

「物置ってトランクだけかよ。」

「そうだな。」

「やっぱこのマンションじゃお前一人じゃ広えだろ?」

「だったら一緒に君も暮らす?」

胸がドクンとなった。

「何言って・・・。」

動揺して声が裏がえった。
アキラの顔をまともに見ることができなかった。

「冗談だよ。」

「か、からかうなよ。」

顔がかっと熱くなる。





ヒカルは物置(向こうではオレの部屋)を出てリビングに
向かった。
リビングは絨毯やカーテンの色合い的には同色で部屋全体の
雰囲気はよく似ていた。
けれど物が圧倒的にこの部屋の方が少なかった。

向こうのヒカルとアキラのリビングにはソファがあるのだが、
ぽつんとテーブルと座布団があるだけだった。


「適当に座ってて。何か入れてくる。」

「ああ。」

普段なら共働きで二人でキッチンに入ることが多いが
こちらのオレの立場に甘んじて
ありがたくアキラにコーヒーを入れてもらうことにした。

テーブルの上には届いたばかりの囲碁世界の最新刊が
置かれてた。

「これ見ても構わねえか?」

「いいよ。」

断りをいれてから雑誌を開けるとTOP記事は
ヒカルとアキラの特集だった。
思わず恥ずかしくなって閉じたくなったが、
CCAP杯の決勝戦棋譜が載っていた。

『アキラが佐為を上回った』と言った棋譜だ。

ヒカルは細かく書かれた解説は飛ばして1から棋譜を追う。




とても早碁とは思えなかった。

アキラだって決して悪くないのに、
あいつはそれを凌駕していた。

これを本当にあいつが打ったのか?
雑誌を持つ手が震えた。

先日も思ったことだが、オレは到底あいつに及んでない。
それがひどく悔しい。
負けたくないと今心底に思う。
アキラにではなくあいつに。

『これを打った進藤ヒカル』・・・に。





「進藤、」

オレはアキラに声を掛けられてたことに気づいた。
コーヒーが目の前に置かれていた。

「ありがとう。」

ヒカルはそれを受け取った。

「コーヒー醒めてる。入れなおそうか?」

「ええっ?もしかして時間経ったのか。」

時計を見ると6時を回っていた。ここに来てから
1時間は経ってる。

「まるでCCAP杯で対局した時のように
完全に思考が入りこんでた。」

アキラはオレが追ってた棋譜を記事を見ていたのだろう。

「なんだよ。それ、」

ヒカルは思わず笑った。
そして溜息をついて雑誌を閉じた。

「それより君は僕に何か話があったんじゃないのか?」

「話?」

「昨日の電話で『二人で会いたい』と言ってたから
何か話があるんじゃないかと思ったんだ。」

「ああ、」


ヒカルはそう言ったもののひどく困った。
アキラに会えば元の世界に戻れる糸口になるのではないかと
思ってた。
今も自分が行動にでることで元の世界に戻れるはず
だと思ってる。

でもそれが何なのかわからない。
前に元の世界に戻れたのは、こっちのアキラにヒカルの気持
ちを告げて、キスしたことだった。(と思ってる)

けれどそれは先日アキラと泊まりの仕事の時もしてる。
何があの時と違うのか。
どうすればいいのか?

考えてもわからないならヒカルのしたいことを
すればいい・・・。それが今ヒカルに出来ることのような
気がした。



「塔矢今から打たないか?」

元の世界に戻るためとか
迷いを断ち切るためとか、そんな理屈じゃない。

ただアキラと打ちたい。
負けたくなかった。



アキラは察してくれたようだった。

「わかった。」

オレたちは石を握った。



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17話は男の子のヒカルの話です。ややこしくて申し訳ないです(汗)
  


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