「ええ、でも明日は仕事もあるんだろ?こっち戻ってくるの遅くなるんじゃねえ?」
「大丈夫。そんなことで明日の対局に響かせたりしない。それに僕も前から 1度因島には行ってみたいと思っていたんだ。」
「うん・・・けど」
ヒカルは自分で言い出した事ながら躊躇した。 アキラの口ぶりでは因島に行くのは初めてなのだろう。ヒカルがアキラと一緒に 行ってみたいと思ったぐらいだ。あいつだってそう思っていたかもしれない。 そう感じてからヒカルは「違うな」と自身に否定した。
いつかオレが、あいつと行きたいと思っていたのだ。
「ヒカル?」
黙りこくったヒカルにアキラが声をかけた。
「前に・・。君は『因島に無くしたものを探しに行ったけれど、みつから
なかった』と言ってた。」
ヒカルははっとしてアキラをみた。 そんなことをあいつは言ったんだ。
「探し物は結局自身の中にあったって。」
あいつがどういうつもりでアキラに話したのかわからない。それでもヒカルは 佐為が消えてしまった日のことを思い出して目を伏せた。
「君はまだ話してはくれないけれど『因島に一緒に行きたい』っと
言ってくれて僕は嬉しいんだ。」
「塔矢・・・。」
ますますこのオレが一緒に行っていいのか?とヒカルは思う。 だが、行きたい想いも募っていく。こんな機会そうはない。
「オレ、お前と一緒に行っていいのかな?」
ヒカルのつぶやきにアキラが微笑んだ。
「迷うぐらいだったら行動を起こすのが君じゃなかったのか? 今の君にも僕にも足りないものを一緒に探しに行こう。」
キザな台詞も何気なく流すアキラにヒカルは苦笑した。
そうして何気ないアキラの態度に気づかされてしまう。 アキラの表情が普段よりも柔らかいことに。 自分に微笑みかけてくる表情も。こちらのアキラとヒカルとの 距離がオレと塔矢より近いのだ。
それを羨ましく感じてる自分がここにいる。
「わかった。」
確かにアキラの言うとおりなのかも知れないと思う。
あいつと入れ替わるたび何か理由があるのならそれを探しに行くのも
悪くない。 こちらの世界でないと見えないものを探しに行くために。
ヒカルとアキラが尾道駅についたのはお昼も過ぎた時間だった。
流石にアキラの車で東京から日帰りはきついので新幹線
と在来線を利用したが それでも東京からだとまるまる4時間を費やしていた。
「ヒカルここからどうする?」
「そうだな。前に来たときは急ぎでバスで渡ったんだけど船便もあるんだな。」
案内所には因島経由の船の定期便が案内されていた。
「わかった。船便の時刻表を見てから決めるよ。ここで待ってて。」
「おう、」
案内所に向かったアキラが戻ってくるまでしばらく時間があった。
「船のチケット取ってきたよ。」
「なんか随分時間かかったな?」
「まだ時間に余裕がありそうだったから観光案内所でいろいろ
聞いてきたんだ。」
「そっかあ。」
この時のヒカルにはアキラの思惑など知る由もなかった。
短い船旅とバスを乗り継いで因島の石切神社に渡った。
ここにはヒカルが前に河合と訪れた秀策の記念館がある。
秀策が亡くなる前愛用していた碁盤に刻んだという『慎始
克終 視明
無惑』。 以前来たときには「オレと違って綺麗な字だな」って感じただけだった。
けど今はこの道を歩いているからこそわかる。 この詩をあいつは・・佐為はどんな想いで読んだんだろう。
想いを馳せていると強い視線を感じて振り返った。
「塔矢、ごめん待たせたか?」
いつも佐為がいた立ち位置にアキラが立っていた。 その姿が一瞬ダブってヒカルは崩れ落ちそうに顔をゆがめた。
「すまない。君が真剣だったから声を掛けずらくて、僕のことは気にせず ゆっくり見て回ったらいいよ。」
「ああ、うん、サンキュな。」
アキラの気遣いを感じながら一通り館内を回ったあと墓地の方に上がった。
「こっちに虎次郎・・・いや秀策の墓があるんだ。」
ヒカルはアキラを案内するように秀策の墓の前まで歩いた。 そうして墓地に向かって話しかけるように腰を落とした。
「前にここに来た時は、オレちゃんと墓参りもしなくてさ、」
そういって目をつぶって手を合わせるヒカルの横顔にアキラは
湧き上がってきた想いをくすぶらせた。
しばらく手を合わせていたヒカルが立ち上がった。
「塔矢、付き合わせて悪かったな。そのありがとうな。」
アキラに微笑んだヒカルの顔はどこか遠くてアキラはこれ以上耐える
ことができなかった。
「ヒカル」
「何?」
真剣な眼差しがヒカルの心を捕らえるように見つめていた。
「まだ話してはくれないのか?」
「それは・・・。」
今ならここでなら笑い話として話せるかもしれないと心の中によぎる。 でもオレがいうことではない。オレが告白しなければならないのは 目の前にいるこいつじゃない。
「ごめん。」
アキラは小さくため息をついた。
「謝ることじゃない。でもよかったら僕の話を笑って聞いてくれないか?」
「ああ。」
『僕らしくもない話だ。肯定も否定もしなくていい。でも最後まで
聞いて欲しいんだ』
アキラはそういうと自笑するように笑った。
「進藤ヒカルは二人いたんじゃないか? どちらが本物でも偽者でもない。 2重人格とかいうものかどうかわからないけれど。
初めて碁会所で僕が打った君だ。2度目は君に挑んでなすすべもなく
叩きのめにされた。 今でもあの対局は幻なんかじゃなかったと信じたくて棋譜を並べるんだ。
そしてネット碁で打ったsai。あの強さはまさに父をも超えていた。」
ヒカルはアキラの言ったことを拒否するように視線をそらした。 そんなんじゃない。でも・・・。
「僕は君の強さに畏怖しあこがれ、そして追った。 でも実際の君の碁に失望した。
ネットカフェで会った時 君は『いつか本当のオレに足元をすくわれる』って僕に言ったね。 その言葉通り君は僕を追ってきた。」
そこまで言ってアキラは一旦言葉を切った。
体が震えだす。 違うって叫びたくて。それ以上アキラの話を聞きたくなくて 耳をふさぎたくなる。
「ヒカル、」
アキラがオレの手を掴んだ。
「お前オレには触れないって、」
払おうとしたがその手を払うことが出来なかった。
「すまない。君が今にも泣き出しそうで・・・だから・・・。」
「バカっ誰が泣くって」
アキラがヒカルの手を懐に抱き寄せた。
「お前・・・。」
昼間の墓地だというのに、人がいなくても不謹慎だ。 ヒカルは抵抗するようにもがいたらアキラはすぐにその手を解放した。
そうして約束を破ったアキラに背を向けた。そうしなければ 自分を保てそうになかった。
「ヒカル・・・・僕は今でもよく君の碁の中に消えてしまった君を、 saiを感じることがある。」
ヒカルは笑った。取り繕うように笑ってそうして高い空を見上げた。
「もうその辺でいいだろ。お前のくだらねえ空想話はさ。帰ろうぜ。」
8話へ
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