アキラに迫られてヒカルは尻ごんだ。
「ちょっと待てよ。」
頭がこんがらがりそうだ。まさに修羅場ってやつ。 こんな大事なことを本人じゃないのに返事するわけにはいかない。 けど、この状態で一時しのぎの誤魔化しをアキラが納得するはずがない。
なんってタイミングであいつと入れかわっちまったんだろう・・って 今更ながらに感じててもしょうがない。
とりあえず・・・。
ヒカルは必死に思案する。
ちらりとアキラを見やるとまっすぐな眼差しと目が合った。 ヒカルは逃げるように視線を泳がせた。
「進藤?」
アキラに催促されたみたいで気持ちだけが空回りしそうになる。
「頭の中ごちゃごちゃで纏まるまで考えさせてくれ、」
そういって心の中で盛大なため息をついた。
あいつが煮え切らねえ態度をするからこんなことになるんだ。 ヒカルは必死に男のヒカルの気持ちを考えてみた。
男同士だから正直になれないってのもあるのかもしれない。 前に2回あいつと夢の中でリンクしたときにも『オレたちは男同士だから そんなことはねえ』って否定していた。
けれどヒカル自身から見てもあいつはアキラを意識してる。 だが・・・それを理由に断ったらアキラ自身を否定してしまいそうな 気がする。 何か・・・もっと別の・・・理由?
ヒカルはそこであることに思い当たった。 この理由ならあいつにもアキラにも言い訳できるかもしれない。何より自分自身が そうだったんだから。ヒカルは決心するといったん大きく深呼吸した。
「塔矢、オレお前のこと好きだと思う。」
ヒカルは体が震えるのを抑えることができなかった。
「思うって?」
曖昧なヒカルの答えにアキラが怪訝に顔をしかめた。
「オレは怖いんだ。『お前の気持ちも』オレの 『お前を好きになろうとする気持ちも』受け入れちまったら、 今までのようにライバルでいられるのかって・・・・。
・・・オレはお前とは何よりもライバルでありたいって思うから。」
「つまり、僕を好きになったらライバルでいることは出来なくなると・・君は感じてるの?」
「それは・・・。」
今のヒカル自身はそう思ってはいない。 アキラと婚約する以前それで悩んだことがあったが。
今のヒカルにはその結論が出てる。恋人であっても夫婦でもライバルになれる。
でもあの時はアキラに自身の全てを持っていかれそうな気がしていた。
ヒカルは思い出して『こくん』とうなづいた。
「お前にはそんな迷いはねえの?だってオレたち男同士だし・・・。」
「全くないとはいわないよ。でもそれでも高みを目指せる
と信じてる。君も僕も負けず嫌いだから今の関係に満足なんてしないだろう?
それに君への想いもライバルとしての君も僕には不可欠なんだ。 だから僕は迷いながらも手探りでも、君と一緒にこの道を歩んで行きたいと思ってる。」
胸が熱くなる。 やっぱりこっちのアキラもアキラだ。 そうあの時もアキラはそういったのだ。
『迷いながらも、手探りでも高みを目指して君と一緒に生きて行きたい』と。
今目の前のアキラがオレのアキラじゃなくてもオレが仮の進藤ヒカルでも、 胸にこみ上げてくる想いが寄せる。
あいつにアキラの言葉を直接聞かせてやりたかった。 あいつはもっとアキラと向き合うべきだと思うし正直に ならないとダメだって思う。
「わかった。オレも努力する。ライバルとしてだけでなくて、そのあれだ。
お前と並べるように・・・。」
語尾は曖昧にするしかなかった。
「本当に?」
念を押されると流石に慌てた。
「ああ。でも努力はするけど今すぐ承諾したわけじゃねえからな。」
「じゃあ待ってる。」
「いつまでも待たしちまうかもしれねえんだぜ?」
アキラが笑った。
「君は僕の事を好きだといった。それに努力してくれるとも 言った。今はそれで十分だ。」
「なっ、好きだ・・とは断言してねえだろ。」
思わず言ってしまったことにヒカル自身が呆れた。これじゃあ あいつと変わんねえじゃないか?
案の定アキラも呆れたように小さく噴出した。
「何がおかしいんだよ。」
口を尖らせたがそんなことはわかってる。
「いや、・・・素直じゃないなっと。」
「うるせえ、」
照れてそっぽを向くとアキラの眼差しが熱くなった。
「君に触れてもいいだろうか?」
突然のことにヒカルは体中が熱くなるのを感じた。 触れるってつまり・・・?
ヒカルが返事をしないでいるとアキラがヒカルの頬に触れた。
「塔矢、お前オレのこと待つって、」
今は想いだけで十分だと言ったばかりなのに、アキラは真剣そのもので、 ヒカルはうろたえた。
「君も努力すると言っただろう。」
「それは・・・。」
普段よりずっとアキラとの視線が近い。あいつとアキラでは体格さが ほとんどないんだ。 そのアキラとの普段よりも近い距離にヒカルは今更入れ替わってしまった 現実を目の当たりにみたような気がした。
「進藤・・・君を待ってる。でも少しでいい。今君に触れたいんだ。」
アキラの声が震えていた。 そんなアキラに愛おしさを感じてしまう自身にヒカルは首を振った。 ダメだ。このままアキラに飲み込まれたら・・・。
「こんなことをしたら、また君に殴られてしまうだろうか?」
アキラの言葉には殴られても構わないというニュアンスが含まれていた ような気がする。 ゆっくり唇をふさがれた瞬間ヒカルはずるいと思った。 そうしてこういうところもそっくりだ。
オレのアキラに・・・。
キスを重ねながらヒカルは罪悪感に押しつぶされそうになる。
浮気をしてしまったような あいつに申し訳ないような。
解放された瞬間、ヒカルはアキラとの間に手を置いて間を取った。
「ごめん、アキラ・・オレ・・。」
目の前にいるアキラに言ったのか自分のアキラにいったものなのか
ヒカル自身もわからなかった。
矛盾することにアキラとアキラとはは同一だと思っているのだから。 でもこちらのアキラが好きになったのは目の前のオレじゃないはずだ。
アキラは少し間を取った俺をじっと見ていた。
「進藤?」
「アキラ・・・あのな・・・」
本当のことを言ってしまいたい。
信じてもらえるとは到底思えないが話せばわかってくれる かもしれない。でもやはりその先の言葉はヒカルからは出てこなかった。
「進藤、あの気になったんだけど、先ほどから僕をアキラって・・・。」
アキラに指摘されてヒカルは先ほどの罪悪感も飛んでしまうほどうろたえた。 普段二人の時は「アキラ」と呼んでいた。結婚しても別姓を取っていたが 夫婦として苗字で呼ぶのは抵抗があってお互い自然にそうなっていた。
もちろんこちらのアキラとヒカルが苗字で呼び合ってることも知ってて、
だから気を使って いたのだ。
「あ、いや、気にするな。ちっと言ってみたかっただけなんだ・・・。」
あははと乾いた笑いを浮かべながら、本当のことは言えないのにこういうボロだけが
出てしまうことに内心ハラハラする。
「じゃあ僕も君をヒカルと呼んでも構わないだろうか?」
「ええっ?」
一瞬思案したがおそらくあいつは拒否るだろうと思うと首をぶんぶんと振った。
「ダメダメ、絶対だめだから・・・。」
「どうして?」
真顔で返されて顔がかっと赤くなった。
「駄目なもんはダメだって。・・もうオレ風呂入ってくっから、」
先ほど用意した着替えを掴むとヒカルは逃げるように部屋の浴室に逃げ込んだ。
バクバクと心臓が大きく音を立てていた。
6話へ
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