続・BOY&GIRL


4



※4話と5話は入れ替わった女の子のヒカル(外面は男の子)の話になってます。
     
ヒカルは一泊二日の囲碁イベントに参加していた。
棋院から大型バスを借りてお客さんもプロ棋士も一緒に現地に向かうというものだ。

現地ホテルでは地元の囲碁ファンとも合流して
指導碁やミニ囲碁大会、それに公開対局のイベントが
催されることになっていた。

発車時間ぎりぎりにバスに乗り込んだヒカルは座席表にかかれた席を見つけると
すでにその隣に座っていた相手を見て嬉しさが込みあげてきた。

「よお、塔矢今日はよろしくな。」

アキラはちらりとヒカルの方をみると怪訝に顔をしかめた。
ヒカルは内心焦ったが、とりあえず普段どおり装った。

「オレここなんだけどさ、いいよな?」

「ああ、」

生返事が帰ってきただけでアキラはヒカルを見ることさえしなかった。
ヒカルはこちらのアキラとヒカルが今険悪な状況なのだと確信した。

アキラはこういったイベントではお客さんへの受けがいい。
いくら今日の対局者がヒカルだといっても
ファンやプロ棋士も大勢いる場でこういう態度をとるというのは明らかおかしい。
アキラに拒否されたようでヒカルは心の行き場をなくしたような気さえした。

『昨夜嫉妬して激しくヒカルを求めたアキラと、ここにいるアキラは違う。』
そう何度も言い聞かせた。

盗みみたアキラは窓の外をじっと眺めていた。
その端正な横顔は微かにはれていた。







この・・ことの発端は
今朝美津子がヒカルを起こしにきたことから始まる。


「ヒカル、ヒカル起きなさい!!あんた今日イベントの仕事があるのでしょう?」

美津子の声はまさにヒカルには寝耳に水だった。

「なんで母さんがオレん家にいんの?」

「何言ってんの?あんたひょっとして寝ぼけてる?」

ヒカルはあたりをきょろきょろ見回した。
実家?っていうか・・・これオレの部屋だった?

ヒカルはおそるおそる着ていたジャージに目を落とした。
ペタンとした平べったい胸と明らかオレのものじゃない男もののジャージ。
また唐突に『あいつ』と入れ替わっちまったってことだ。

だとするとあいつ今頃・・・・。すげえ困ってるだろうことを想像
して一人ごちしそうになった時かあさんから雷が落ちた。

「ヒカル、いつまで寝ぼけてんの。さっさと起きなさい。大事な仕事なんでしょう?」

「えっ?そうだっけか。すぐしたくすっから、」

美津子が盛大にため息をついて退出した後、ヒカルは慌ててベッド横
に用意されていたリュックを広げた。
案の上、今日の支度がされていて今日のイベントのスケジュール表が出てきた。

なになに・・・っと。
温泉宿で若手TOP棋士がファンとのイベント?
こんなの向こう(自分の世界)であったっけか?

イベントの目玉にはライバル対決、塔矢アキラ棋聖VS進藤ヒカル8段
の公開対局と同時解説 伊角慎一郎8段 和谷義高7段 とあった。

こっちのヒカルは8段。オレはまだ6段なのに。それに少し焦りを感じた。

けどオレ今日このイベントでアキラと対局するんだ。
そう思うとヒカルは俄然やる気が出てきた。
公式戦ではなくともアキラとの対局はわくわくする。
それにこちらのアキラに会うのもなんだか楽しみだった。

ヒカルは自分と自分のアキラにはないこちらの二人の関係がなんだ
か羨ましかった。
同性同士だからこそ遠慮のない関係でいられることもある。

もっともこちらのアキラに惚れると浮気になってしまうし、もう一人のヒカルをも
裏切ってしまうことになるから自制するが。
矛盾しているかもしれないがこちらのアキラも自分の世界のアキラも同一人物だと
ヒカルは思ってる。

あいつらあれから少しは関係が進んだかな?

ヒカルは着慣れないスーツとネクタイに格闘しながら思いを馳せる。
ヒカルは前に来たときよりずっと早くこの状況を受け入れられたつもりでいた。







ホテルで配られた部屋割りはまさかのアキラとの二人部屋だった。
どうしていいかわからないというのが今のヒカルの心境だ。
バスの中でも険悪で居心地は最悪だったというのに。

だが正直こちらのアキラとヒカルに何があったかも知っておきたかった。
自分に解決できるとはおもえないが。
仮に出来たとしてもあいつら自身の問題は自分たちで解決すべきだし。

それでも前に来たときのようにあいつらの関係を前にすすめてやることは
できるかもしれないとヒカルは思う。
ヒカルはこのときこっち(こちらの世界)にいるのはそれほど長くは
ないだろうと思い込んでいた。
前に来たときが3日だったのだから。

ただ何らかの理由があって入れ替わってしまったのなら
やらなきゃならないことがあるのかもしれない。


めまぐるしく忙しかった1日が終わってヒカルがホテルの部屋に入ったのは
夜も11時を回っていた。
アキラの荷物はあったがまだ部屋に戻ってはいないようだった。

男のヒカルと体が入れ替わったといって特に1日困ったことがなくて
ほっとしていた。
ただ一点男子トイレに入るのが気恥ずかしかったぐらいで。

風呂は個室の部屋風呂ですませようと支度して脱衣場を開けた瞬間、着替えていた
アキラと視線があった。

「わ、わりい。」

咄嗟に謝って扉を閉めた。

心臓があまりに驚いてバクバクしてる。男同士だからそれほど気恥ずかしさは
感じなくていいのかもしれないが。普段夫婦でもアキラの着替えなんてヒカルは
見たことがなかった。

ヒカルはこのまま部屋を出て行きたい衝動に駆られた。
本当のことを言えば、部屋に戻る前、伊角と和谷にこれから
遊びにいかないかと誘われた。普段のヒカルだったら喜んで
誘いにのって行っただろう。

だが昨夜和谷のマンションに行って帰宅が遅くなったことも、
伊角にマンションまで送ってもらったことにも、アキラは
ひどく腹を立てていた。ヒカルが言い訳したが全く解さずむしろ
余計にアキラの怒りをかってしまった。

そのことを思い出すとどうしても誘いにのれなかった。
もちろんこちらのヒカルと自分とでは性別も違うし立場も違う。
だからどうってことないことだろう。
けれどそれはヒカル自身の気持ちの問題だ。

そんなことを考えていると部屋着に着替えたアキラが脱衣場から出てきた。
アキラは鋭い瞳でヒカルを見据えていた。


「いったいどういうつもりだ。」

アキラが自分に向かっていった第一声がそれだった。

「どういうって何が?」

「惚けるな。それとも僕をからかってるのか?」

「んなわけねえだろう。お前こそはっきり言えよ」

わからないから仕方ないと割り切ってついヒカルも喧嘩腰になる。
アキラがますます態度を硬直させてヒカルは内心冷や汗状態だった。

「昨夜の碁会所でのことだ。」

「碁会所?」

「まさか忘れたっと言う訳ではないだろうな。」

ヒカルは流石に言葉を詰まらせた。当然わからない。
ヒカル自身アキラとは碁会所ではしょっちゅう喧嘩した。
だが、次に会うときまで引きずったことはない。喧嘩の
原因がほとんどが碁絡みだったこともあるが。

だからこの二人の喧嘩の原因も他にあるような気がした。


「・・・近づいたと思ったら離れる。僕は・・・君がわからない。」

ポツリとアキラがもらした言葉にヒカルはすぐに反応した。

「そんなのお前もだろう。」

「それはどういう意味?」

「どういうって・・・別にいいだろ。」

たちまち語尾に力を失う。失言だった。

「言いかけただろう。気になるじゃないか。」

「だからもう・・・なんでもねえよ。」

「言わないとわからないこともあるだろう。」

完全にお互い喧嘩ごしだ。
これではお互いの気持ちも考えも伝わるわけがない。
ヒカルは小さくため息をつくと折れるしかなかった。

「今日オレお前に負けただろう。オレ勝つ気でいたんだ。」

本当に。中盤まで手ごたえを感じて、勝てると思っていた。だのに・・・。
ヒカルはもう1度ため息をつくと弁解がましくアキラに言った。

「だいたいこういうことはお前にいいたくねえんだよ。」

「確かに君と僕との勝率は僕の方が分がいい。
でもこの間のNNCCAPの決勝戦。僕は完全に君に
読み負けた。」

ヒカルは驚いた。今日アキラと公開対局するときにアキラが棋聖
として紹介されたのはいい。ヒカルがNNCCOP優勝者として紹介を
受けたことに。

NNCというのは7大タイトルホルダーにNHK杯優勝者、前年度の
賞金ランキング1位者など。
まさに今旬のTOP棋士14人だけで行われる公開トーナメント形式の大会だ。
その勝者がヒカルなんて・・・・。
あいつはもうそこまで行ってるんだ。
同時に悔しくもあった。

「あの時の君の碁はネットのsaiを、いやそれを上回るほどの強さで僕は君の碁に
畏怖すら感じたよ。
悔しいから僕もこんなことを君に言いたくなかった。」

「塔矢・・・。」

その碁がどんな内容だったのかヒカルはもちろん知らない。
けれどアキラが佐為の名を口にするほど、すごいものだったのだろう。
その棋譜をヒカルはどうしても見たいと思った。
少なくともこちらの世界にいる間に。

アキラはいったん口ごもるともう1度ヒカルを見据えた。
その瞳とぶつかった瞬間ヒカルはアキラに囚われたように心が震えた。

「昨日君は僕を殴って罵倒しただろう。あれが本心なのか?」

アキラを殴って罵倒した?心の中で反復してヒカルはその理由を考えてみた。
ヒカルがアキラを殴るほどの理由・・・。
おそらくそれはアキラ自身にあったとしか考えられない。
だから賭けてみるしかなかった。

「あれはお前が悪いんだろう。」

「君は僕の気持ちを知ってるはずだ。それともはっきりと『愛してる』と言わなければ
わからないのか。」

囚われた心臓がドクンと大きく波打つ。

「昨日突然君にキスをしたことは悪かった。」


                                    

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