続・BOY&GIRL







     
ふかふかの枕がごつっと骨ばった感触になる。
それになんだかとても狭苦しさと寝苦しさも覚えた。

ヒカルは急に眠りを妨げられたような気がしてごそごそと身をよじってみた。
だが大きな壁に挟まれているように寝返りを打つことさえできなかった。

「ヒカル?」

くすぐるように耳元に囁かれた声にヒカルは寝ていても心臓がドキンと
跳ね上がった。
塔矢の声?目をあけた瞬間ヒカルは暗がりでも相手が誰だか
すぐにわかった。

「なっ!?なんで塔矢が・・。」

ヒカルが慌てて飛び起きた瞬間かけていた毛布が肌蹴け落ちた。
ヒカルの体に巻きつけられるようにしてシーツが絡んでいたがお互い全裸
だった。。

寝耳に水、いやもう驚いたとかそんな言葉で表現できる状態ではなかった。

胸に手を置いた瞬間ヒカルはこの状況を瞬時に理解した。が、だからって
飲み込んだわけじゃない。むしろパニック状態に陥った。

「な、うああああああ・・。」

叫び声をあげながら浴室に飛び込んだヒカルはわけもわからず蛇口をひねった。

冷たい 水が振り落ちヒカルの体を叩き落す。この感覚夢じゃない。
体が水の冷たさだけじゃない震えを纏いだす。
風呂場にあった鏡に映し出された自分の姿はまさに女性の体だった。
その肢体には全身うっ血した後が散らばっていた。

やはりまたもう一人のヒカルと入れ替わってしまったのだ。



ドンドンと風呂場を叩く音にヒカルは我に返った。

『ヒカル、ヒカル、どうかした?大丈夫なのか』

心配そうにアキラが脱衣所から叫ぶ。
風呂場に今にも押し入ってきそうな勢いにヒカルは声を張り上げた。

「来るな。絶対に入ってくるな。」

『でも・・・。』

「いいからお前はあっち行ってろ。」

立ちすくむようにアキラは行き場をなくす。
だがそんなアキラに構えるほど今のヒカルには余裕がない。

そしてヒカルが全く予測もしていなかった事態が起こる。
シャワーを伝ってヒカルの太ももを濡らした液体には青臭い独特の臭いがあった。
ヒカル自身もよく知ってるあの・・・。
シャワーで流してもあふれ出る精液にヒカルは途方にくれたようにやがて
風呂場の壁に もたれこんだ。

「ヒカル!!」

ずっと我慢していたアキラが風呂場に押し入ってきた。
服は身に着けていなかった。

「入ってくんな・・・っていったろ。」

「すまない。でもどうしても君が心配でいてもたってもいられなくなって。
どこか悪いんじゃないのか?」

「ちっ違う。」

「でも体がこんなに震えてるじゃないか。」

アキラが触れようとしてヒカルは避けるように身じろいだ。

「本当に何でもないんだ。だから頼むから一人にしてくれっ。」

懇願するヒカルをアキラはじっと見つめた。
互い裸でそれだけで意識しそうになりヒカルはアキラから視線をそらした。

「わかった。落ち着いたらリビングにきて。温かいものを用意してる。
君を待ってるから。」

短い言葉の中にアキラの優しさが詰まっていた。

「ごめん、ありがとうな。」

ヒカルはこの時になってようやくアキラ自身と向き合った。
やっぱり自分の世界のアキラと数分の違いもない・・・と思える。ただこちらのアキラは
女性の進藤ヒカルと結婚してるという事実を除けばなのだが・・・。

アキラは何も言わずに微笑むとそのまま風呂場から出て行った。


体にバスタオルだけを巻いつけて風呂場をでたヒカルはアキラのいる
リビングには入りたくなくて
とりあえず何の部屋かわからない手前の扉を開けた。

そこは幸いにもヒカルの部屋のようだった。
ヒカル自身の机やタンス、カバンの所有物が置かれていたことにほっとした。
とにかく自分が女性とわかる胸を体を隠したかった。
手当たり次第に服を探し出し着終えると少し落ち着いた気がした。

そうしてこの事態を改めて考える。

もう一人のヒカルと入れ替わるのは8ヶ月ぶり2度目のことだ。
2ヶ月前に夢の中に「結婚の報告』にきたもう一人のヒカルは幸せそうだった。
あれはただの夢じゃなくてこちらの世界では現実のことだったのだとヒカルは
今更ながら思う。

だからアキラと一緒に暮らしていても、当然Hなことをしていたって
おかしくはないわけだが・・・。

ヒカルは先ほど見たアキラの裸を思い出し顔を赤く染めた。
男の自分から見ても結構いい体格をしてた。少なくとも自分の貧相な体より(あくまで男の時の)ずっとたくましかった。あいつ結構着やせするタイプなんだな。

そこまで考えたヒカルは顔をますます顔を赤く染めてぶんぶんとあたまを振った。
ってオレ何考えてんだよ。意識すんなよ。

それよりもいったいどうやったら元の体に戻れるんだ。何日ぐらいこのまま
なんだろう。
前に来たときは3日ほどだった。
以前戻れたのはおそらくこちらのアキラ(向こうのアキラと
もう一人のオレ)とキスをしたからだとヒカルは思ってる。

・・・ということは逆に言えば昨日オレがアキラとキスしたから。
それでこっちに来たのかもしれなかった。

ヒカルは昨夜のことを思い出していた。




昨夕からオレは塔矢の碁会所にいた。
対局が長くなるうちにお客さんも減って、市川さんも塔矢に後を任せていなくなっていた。
気がつけば塔矢とオレは碁会所に二人きりになっていた。

塔矢がオレを意識していることは知ってた。
そしてオレ自身も塔矢に惹かれてることも自覚してる。
でもオレは塔矢の想いに気づいてても応えることが出来ずにいた。
もしそれを口にしてしまったら
今までの俺たちでいられなくなるんじゃないかって。ライバルでいられなくなるのが怖かった。

だから表面上は必死に隠してた。でもどこかで二人きりだと意識した瞬間、期待もしていたような気がする。

「進藤、もう10時を回る。」

「えっ?いけね。もうそんな時間かよ。」

塔矢に言われるまで気がつかなかったわけじゃなかた。
けど平静を装って慌てて碁石を片して鞄を背負った。慌てながらもどこかで塔矢が引き止めてくれれば
いいのに・・・って矛盾した考えを抱いていた。
ひょっとしたらそんなオレの言動の矛盾に塔矢は気づいていたの
かもしれない。

碁会所を出ようとしたところで塔矢に引き止められた。

「待って、進藤。」

「何?」

振り返った瞬間塔矢の唇とそれが重なった。

「なっ、」

オレの戸惑いが塔矢の口内へと飲み込まれ、電流が走ったように体を駆け抜けた。
すぐに解放された唇に名残惜しさと恥ずかしさがいっきに押し寄せてくる。

「塔矢・・・、お前」

塔矢がオレの腕を掴み引き寄せようとした。
次の瞬間オレはおもいっきり塔矢の横顔をぶん殴っていた。

「いきなし何すんだよ。バカ。」

その瞬間塔矢の顔をみることができなかった。

「進藤!!」

「もう2度とお前の顔なんか見たくねえ。」

思ってもいないことをはき捨ててオレは碁会所を飛び出していた。
数百メートル走って立ち止まったオレは塔矢が追ってこなかったことに
ほっとしたような、がっかりしたようなそんな気分だった。
仮に追ってきても応えられないくせに。

今のオレは塔矢に対して矛盾した感情ばかりを持ってる。




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