SAI〜 この手が君に届くまで 22






強制帰還させられたあと、何の説明もないままアキラはこの冷たい
室に放り込まれた。

軍機違反を起こした上、伊角の死はアキラの軽率な行動が引き起こしたようなものだった。
当然の事だとアキラは思った。


消耗した体力と思考にアキラは冷たい床に崩れ落ちた。

伊角は優しく柔和な性格が誰にも愛されていた。あまり人に
心を開かないアキラでさえ伊角には気を許していたところがあったし
サイに載り込む時はパートナーになることもよくあった。

アキラの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
伊角にも和谷にも何をどう償えばよいかわからない。
取り返しのつかないことをしてしまったのだ。

それでも・・こんな状況になってさえもヒカルを責める気持ちは
アキラにはうまれなかった。


アキラの体力は限界だったが、一睡もすることができなかった。
朦朧と同じ自答を繰り返す思考の中、薄暗がりの独房の中に人の
影が現れた。
アキラは幻覚だろうと思った。
そこにはヒカルが立っていたのだ。


『僕の命を奪いにきたの?』

アキラは本当にそうだったらどれほどいいだろうと思った。
だがその幻は顔をくしゃくしゃにした。

「違う!!」

はっきりとした声にアキラはようやく目が覚めたように床から起き上がった。
そこには幻でも夢でもなくヒカルが立っていた。

「ヒカル。なぜここに?」

ヒカルもアキラと同じように心の中で涙を流していた。
立ちすくむヒカルに僕は残る気力のすべてをかけて歩み寄ると
抱き寄せた。


「オレ・・どうしていいかわからねえ。」

「後悔してるの?」

「オレ知らなかったんだ。人は死ぬ時あんなにも想いを残すってこと。
オレはそれを糧にしてたんだ。けど・・・オレには無理だって。」

アキラは震えるヒカルの背を優しく撫でた。
アキラはこの時悟った。
ヒカルも堕天使の掟を破ったのだと言うことを。

「だったらここに来たらいい。」

「無理だよ。オレはお前の仲間を殺したんだぜ。」

「サイだって昔は人を殺して糧をえていたんだ。
それでも人と分かり合えた。今は人と一緒に戦ってる。」


その時唐突にアキラは室のまわりが能力者に囲まれていることを
察した。
能力が低下して今まで気づかなかったのだ。

「ヒカル、逃げて!!」

アキラが叫んだのと同時に部屋の中に和谷が進入した。

「貴様・・・そこまで落ちたのか!!それとも元々こいつらのスパイ
だったのか。」



和谷の怒りは極限に達していた。
そして和谷に続くように他の能力者たちが部屋にどっと
進入した。ヒカルとアキラを捕らえるつもりなのだ。

「伊角さんのことは弁解しない。だが僕の話も聞いて欲しい。」

アキラの叫びは届かなかった。みんな伊角の死んだ悲しみを
ヒカルへの憎悪にかえてしまっていた。
能力者の一人がヒカルに歩み寄ろうとしたのをアキラはその背でかばった。

「お前はまだそいつをかばう気なのか?」

アキラはかばいながらヒカルがこのまま逃げてくれることを願った。
ヒカルなら空間移動も容易い。
だがヒカルは逃げなかった。

ーアキラ、ありがとうな。ー

心の中にヒカルの声が響いた瞬間、アキラは背後から強烈な攻撃を受け転がった。
何が起こったのかその場にいたものの誰もがわからなかった。

「悪いな。こいつは利用しただけだ。だからオレを連れてくなら
さっさと連れてけよ。」

ヒカルはアキラに一瞥もしなかった。
ヒカルを囲んでいた候補生が後ずさる。みんな本当は堕天使が怖いのだ。



和谷の横をヒカルが通り過ぎる時、一滴の光が零れ落ちた。

『和谷・・・塔矢を彼を理解してやって欲しい。お前ならわかるだろう?』

その声は間違いなく伊角さんのものだった。
和谷はすれ違った堕天使が伊角さんの姿と重なったような気がして
慌てて振り返った。
だがそこにいたのは伊角を殺した堕天使だった。


軍の強行兵と能力者たちが厳重な警戒体制をとりながらヒカルを連行する。
その背を和谷はじっとみつめた。





                                            23話へ