それはホンノ数時間前の出来事のはずだった。 抱きしめられた体と重ねた唇。互いに感じた鼓動。 もしあの時自身の判断が違っていれば伊角にも和谷にも違う未来があったろう。
和谷は自身を呪わずにはいわれなかった。
「神様お願いだ。オレはどうなってもいい。伊角さんを返してくれよ。 時間をあの戦いの前に戻してくれよ。 数時間前でいい・・・ホンノ少しでいいから!!」
和谷の悲しみが能力暴走を引き起こし風も通さない司令室に竜巻が巻き上がる。
候補生たちが和谷の暴走を止めようと試みたが制御なく解放された能力を
鎮めるのは容易なことではなかった。
そんな和谷の暴走を止めたのは倉田だった。
和谷は学園の独房室にいた。 倉田がそう指示をだしたのだ。名目は命令違反ということだったが 本当の所今はひとりにしてやる方がいいと判断したからだ。
独房に入る前まだ精神世界に囚われたままの和谷に倉田が言った。
「伊角のことだけどな・・。」
うつろだった和谷の瞳が伊角という名前に微かに反応した。
「あの時・・。
お前と塔矢の心身がばらばらになった時 オレが伊角にパイロットチェンジを命令した。」
和谷はそれがどうしたというようにうな垂れた。
「けどなオレが命令したのは規律を乱した塔矢との交代だ。
それをあいつはお前とチェンジしたんだ。」
「じゃあ伊角さんが死んだのは伊角さん自身の せいだっていうのかよ。」
「そうじゃない。オレが言いてえのは誰のせいでもないって事だ。 和谷お前は自分を責めてるんじゃねえのか?」
顔をくしゃくしゃにした和谷は拳を握りしめた。
「伊角さんは自分の運命を知ってた。予知のビジョンで見ていたんだ。
オレはそれを知ってどうすることも出来なかった。」
「和谷、オレはそれは違うと思うぜ。伊角の予知はいつだって他人の 為のものだったろう。」
倉田に改めて言われて和谷ははじめてその事に気づいた。 伊角の予知はある程度限定されていた。
それは伊角にとって大切な人、特別な場所に関わる事が大半だった。 伊角は自身について予知することはできなかったんだ。
「伊角が予知で本当に見たのは『お前が死ぬ』ビジョンだったん じゃねえか?」
「そんな・・・。」
絶句する和谷の肩に倉田が手を置いた。
「お前と伊角の間に何があったかオレは知らん。けどな、伊角は お前を助けたかったんじゃねえか。自分の命と引き換えにしてもいいと思うくらいにな。」
和谷は最後にみた伊角とその言葉を思い出していた。
あの時伊角は『間に合ってよかった。』っと言ったんだ。
「伊角さん・・・。」
体を震わせ嗚咽する和谷に倉田が言った。
「好きなだけ泣いたらいい。けど・・命を粗末にするな。 その命は伊角がくれたもんだろ。 この部屋の鍵は開けておく。オレはいやオレたちみんなお前の事を待ってる。 大丈夫だと思ったらいつでも戻って来い。」
倉田はそういうと独房室を後にした。
アキラもまた独房室にいた
あの時・・・伊角がヒカルの放った閃光で散った時、アキラは和谷の絶叫を全身に 感じた。
震える拳を握りアキラはひとりでヒカルの前に立ちはだかった。
自身でもどうしたいのか、どうすればいいのかなんてわかってはいなかった。
それでも今彼に何かを伝えないとアキラは後悔することだけはわかっていた。
「ヒカル・・・僕だ。アキラだ」
アキラの問いかけをヒカルは聞いていなかった。 ヒカルの手の中には優しい光を放つものがあった。 その輝きを包む手は震えヒカルは何かにおびえるように自身の頭を両手で押さえた。
「ヒカル・・!!」
アキラは咄嗟にそんなヒカルをサイの腕で抱きしめようとした。 だがその手はヒカルによって跳ねのけられた。
「オレはお前の仲間を殺したんだ。なのにお前はなぜオレに・・。」
やさしくすんだよ!!
最後の方は言葉ではなかった。
「それでも僕は君を愛してるんだ。」
アキラの中に仲睦まじく笑う伊角と和谷がいた。2人がどれほど 愛し合っていたか、ヒカルは今この手の中にある体を失ったばかりの魂から痛いほどに感じていた。 胸を押さえ苦悩するアキラにヒカルは泣き出しそうに表情を歪ませた。
「本物のバカだよ。お前。」
ヒカルはそのまま飛び去った。 今のヒカルではアキラをサイを葬り去ることなんて出来そうになかった。
いや、一生かかったって無理だって思う。
なぜこんなにもアキラといると心が乱れるのだろう。自身が天使であることを忘れてしまいそうになるのだろう。
ヒカルは天界に戻ることが出来ずその魂を握り締めたまま低く地を 飛んだ。
アキラはもう指一本すら作動しそうにはないサイの中でヒカルが消えてもなお
その方角を追った。
アキラが強制送還させられたのはその後すぐの事だった。
22話へ
|