SAI〜 この手が君に届くまで 18






その頃無理やりオガタに空間移動させられたヒカルは
幽玄の空間において裁きを下されよとしていた。

「あれほどあいつとは関わるなと言っておいただろう。」

ヒカルの弁護人として立たされたオガタはこれ以上弁護できない状況の中
はき捨てるように言った。

長老のクワバラはいきりたつオガタにニヤリと笑った。

「ふむ、そこまでしてヒカルを縛り付けておきたいのかの?
千年前の二の舞にならなければよいがな。」



オガタがクワバラをにらみつけるとクワバラは老人とは
思えぬほど甲高い声で笑った。
そのクワバラの前に出てムラカミがぼそぼそと進言した。

「長老、畏れながらこのままと言うわけには行きますまい。
私が人間狩りに失敗したのもこいつの軽率な行動のせいだ。」

「それはオレのせいじゃねえ。ムラカミさんの、力不足だろ?今回の
人間狩りだってあれじゃあただの破壊だろ。あんなの人間とかわらねえ。」

ムラカミはヒカルを睨めつけると歯軋りした。
前の失態のせいもあってムラカミは今回かなり無茶をやった。
だが人間を憎悪の対象にする一部の天使たちはムラカミを英雄のよう
に持ち上げていた。

「長老こんなやつを子供だからと言ってのさばらせるのはいかがなものかと。」

怒りを抑えることも出来ないほどムラカミはいきり立って
いた。
だがヒカルの方は何を言われても動じない。

持ち前の明るさもあるがたとえ何を言われても自分には「子孫を残せる」
という他の天使にはない能力があるのだ。

絶対神近い存在の長老はヒカルを孫のようにかわいがっていたし、
多少騒ぎを起こしたからと言って自分に裁きが下されるなんてことは
ないだろう。
そう思い込んでいたヒカルの認識はかなり甘かった。

「お前はあれに載ってどう感じた?」

クワバラに聞かれヒカルが思い出したのは
あの凛として気高いアキラだった。

「綺麗で凛として、それでいて気高く。載ったものすべてを
受け入れ魅了しちまう。心も体も全部・・。あれこそが神ってものなんじゃねえかな。」

うっとりしたようにヒカルがそういうと
幽玄の空間に天使たちのどよめきが起こった。
もちろんオガタも渋い表情だ。

「まるで恋でもしているようじゃな。」

「・・・なわけないだろ!!」

そう言ったヒカルの声は震えていた。

「なるほど・・そういうことか・・。」

ざわざわと騒ぎ始めた広間の天使をクワバラは制した。

「静かにせい、処分を言い渡す。」

その一言で場は静まり返りクワバラにすべての視線が
集まった。

「今回の事は特に咎めはせん。だが・・。
お前ももう16。子供と言うことで収めるには収集がつかん。
よってこれから初陣を言い渡す。サイとそのパイロットを
吸収し新しい命に捧げよ。

次の月が満ちる時オガタと婚姻の契りを結べ。
さすれば我らの新しい子が生まれるであろう。」

まるで予言のようにそう告げたクワバラの周りにどよめきと
歓声が沸きあがる。
天使たちが待ちに望んだ天使の子。

だが、それはサイとアキラの命を引き換えに芽吹くというのだ。

歓声の中ヒカルは呆然と立ちすくんだ。
もう自分にはどうすることも出来なかった。
自室に入ったヒカルは下界を見渡す水鏡の前にぼんやり
みつめた。

『アキラ・・・。』

先ほど部屋においてきたメッセージをアキラは見てくれただろうか。
あいつの事だからきっともう見たのだろう。

「まさかこんなに早くお前とサイと戦うことになっちまうなんてな。
出来れば違うやつがサイに載ってくれてるといいんだけどな。」

『君にだったら僕の精気をあげてもいい。』

そういったアキラを思い出しヒカルは胸が痛んだ。
あいつは本心でそういってた。
まっすぐな黒い瞳でオレを見て。

「オレに裏切れとも言ったんだよ。あいつは・・。」

一瞬ぐらつきそうになった決心をヒカルは振り払うように
顔を振った。

「全く今更だな。」

ヒカルは慌てて声のするほうを見た。
いつの間にかオガタがヒカルの部屋に入っていた。

「オガタさん?勝手にオレの心を読んだのか?」

「もともとお前の考えなんぞお見通しさ。」

下天使の考えは上位の天使には読まれやすい。
ヒカルがアキラの思考を読めるのと同じようなものだ。

「だが、そこまで奴に肩入れするとは予想外だった。」

「でもアキラは人間よりオレたちに近い」

「サイとあいつの子孫だからな。」

「サイとあいつ?」

つまりオガタさんがサイを横取りされた人間の少年との??
サイにはヒカルと同じように繁殖の能力があったと聞いたことが
あった。
アキラはサイと人間との子孫ということなのだろう。

「だからあいつの構造はオレたち天使と似てたんだ。」

「ああ、だがあいつは人間だ。天使にはなれん。」

「裏切り者の、サイの子孫だから?」

「ああ。所詮お前とは違うものだ。どうせ敵として対峙しなければならんのなら
お前の体内に糧として取り込んでしまえ。そうすればお前のものになる。」

そう言ったオガタをヒカルはまじまじとみた。

サイとアキラを吸収する。それがオレとオガタさんの子の命の糧になる。
オガタは始めからそのつもりだったのではないかとヒカルはそう思った。

サイを愛していたオガタ。
成し遂げることができなかった代わりに自身に取りこもうとしてるんじゃないかって。
でもそれはおまりにも悲しい。

「オガタさんオレは・・・。」

オガタはヒカルの言葉をさえぎるようにそこに唇を落とした。

「勘違いするな。オレはもうあいつの事などどうでもいい。」

唇が触れているのにヒカルはオガタから何の感情も読みとれなかった。
オガタはそのままヒカルの服に手をかけた。

「出陣前に必要だろう。」

「けど・・。」

『肌を合わせるほどのことない。』そう言う前に再び唇をふさがれ
互いに触れた肌から精気が送られてきた。

直接肌から精気を分け与えられるのはヒカルがアキラとサイに載って力を使い果たした時が
初めて。そして今日が2度目だった。
空腹が満たされるはずなのにそれは機能的で冷たかった。

空腹が満たされるとオガタはヒカルを解いた。

「一人で行けるか?」

「うん、大丈夫。」

ヒカルは部屋から出ようとしてオガタを振り返った。

「オガタさんオレサイとあいつの命を奪ってくる。だから待ってろよ。」

オガタは何も言い返さなかった。





下界に下りるゲートは強い風が吹いていた。
ヒカルはただその風に身を任せ飛び降りた。

遥か彼方にみえる下界は青く美しい。
吸い込まれるようにその身は大地へと堕ちていく。

やがて見え始めた街はその美しい大地とは反比例するように
薄汚れていた。
天使の人間狩りによって地上は荒れ果てた。人はいつ襲われ
死ぬかもしれないという絶望の中ますます自己の欲望
のみにつきすすめられていく。

ヒカルが大地に降り立つと少なくも恐怖の声がヒカルの中に
押し寄せてきた。
一瞬の苦痛に顔を歪めたヒカルは空を仰いだ。

一筋の閃光がヒカルを照らした。
ヒカルが焦がれた光。
人々にとって唯一の希望の存在・・・サイの光だ。


                                            
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