和谷は伊角さんの部屋の扉を叩いてじっと待った。 本当はこの扉を蹴落としてでも中に入りたいほどだったがそれを 堪えて待った。
先日から部屋に来ても外出がほとんどではぐらかされてばかりだった。 それはつまりそういうことだったのだ。
「いるんだろ。開けろよ。伊角さん!!」
とうとう我慢できなくなって和谷が叫ぶと内側からゆっくりと扉が開いた。
「なんだ?和谷か・・。血相変えてなにかあったのか。」
本当はここにきたら伊角に一発(いやそんなもんでは足りないのだが)殴らないと 気がすまないと思ってた。 けど実際こうやって伊角の顔を見ると言い表せないほどの想いが溢れてきた。
『生きてる。って伊角さんはオレの目の前にいる。』って
顔を見るまで気が気じゃなかったのだ。
「伊角さん・・・。」
和谷は崩れるように伊角の胸に飛び込んだ。
大きくて温かくな伊角の胸からトクントクンと心臓の音がしていた。
そのまま背伸びをして伊角の唇に唇を合わせた。
あまりに突然だったからそこは無防備だった。 だが、触れた瞬間伊角は和谷を突き飛ばした。
「なっ、何するんだよ。」
「それはこっちの台詞だろう。」
伊角はわざとらしく唇をぬぐうと和谷から視線を外した。
「それが伊角さんの答えなのか?」
「そうだ。」
「だったらどうしてあんな手紙をわざわざオレに書いた?」
「手紙って・・?」
伊角の表情が急に硬くなる。
「惚けんなよ。塔矢に明日オレに渡して欲しいって託けたやつだよ。」
和谷はポケットに入れたままくしゃくしゃになった手紙を伊角に投げ捨てた。 伊角は何も応えなかった。
「なんで、なにもオレに言ってくれねえ。どうして一人で背負い込もうとするんだよ。
オレはこんなに伊角さんの事が好きなのに『俺の事を忘れて欲しい』なんて、
どうしてそんな事言うんだよ。」
「オレにはもう時間がないんだ。お前の気持ちには応えられない。」
「バカヤロウ!!」
和谷は今度こそ思いっきり伊角の頬を殴った。 よろめいた伊角の顔がぼやける。
「伊角さんは生きてるじゃねえか。こうやってオレの前で生きてるじゃねえか。 そんな予知なんてひっくり返しちまえよ。その為の能力だろ。オレは絶対伊角さんを死なせたりしねえから。絶対に・・絶対に!!」
勝手にあふれ出してきた涙を腕でぬぐうと伊角があやすように背を撫でた。 そのまま伊角の胸の中に飛び込むと背に腕が回された。
「伊角さん・・・」
ずっとこうして伊角の体温を感じていたい。 本当はもっともっと伊角を独占したい。 いっそ伊角がどこにもいけないように縛りつけてしまえばそんな予知なんて 危惧におわるだろう。
「なあ伊角さん、オレにキスしてくれよ。」
伊角は固まったように動かなかった。
「してくれねえならオレがする。」
今度は予告して背伸びをすると伊角は微かに戦慄いた。 感情を必死でこらえてるんだ。
それを無視して唇をかさねた瞬間胸の痛みが激しくなった。 伊角は拒否しなかった。
さらに深くキスを迫ると一瞬戸惑ったようだったがその抵抗も すぐになくなった。
「伊角さん!!」
堰を切ったように想いが溢れてきて唇をむさぼった。 それでも動じない伊角に腹が立って和谷はそのまま思いっきり 伊角を突き飛ばすように傍にあったソファへと押し倒した。
そのまま伊角に掴みかかってまた唇を奪いさらにシャツを引き裂いた。
「なんで、抵抗しねえんだよ。何も言ってくれねえ。」
「和谷の好きにしたらいい。」
「好きにしたらって。オレこのままだったら何するかわかんねえぜ。 このまま伊角さんをこの部屋に縛り付けて、奪えるまで奪いつくす。 誰にも伊角さんを殺らせない。」
「和谷・・・。」
「好きだっていってるだろ。どうしていいかわからねえんだ。 どうしたら伊角さんを助けられる。どうすればいい?!」
言ってることは無茶苦茶だってことわかっても感情をコントロール することができなかった。
伊角はそんな和谷をあやすように抱き寄せるとと笑った。
「和谷はかわらないな。」
「悪かったな、ガキで。」
「嫌いじゃないけどな・・オレは・・。」
「伊角さん・・?」
「ありがとうな。」
・・・らしくねえ。
「んなこと言うなよ。」
そう、「ありがとう。」なんて言われたら嫌な予感が胸に広がって 真っ暗になりそうだった。
「すまな・・。」
たぶん謝ろうとしたんだろうが伊角は口ごもると変わりに
和谷の唇に優しくキスをした。
「伊角さん・・?」
「続きは今度な。」
驚き慌てる和谷に伊角は微笑むとソファから起き上がり服を調えた。
「今度って?」
「言葉の意味のとおりだ。あいつらがもうすぐ来るからな。」
「だったらオレが出撃する。」
「けど司令はオレと塔矢を指名してくる。」
「それでもオレが行く。」
伊角は苦笑した。
「わかった。だったら和谷に任せるよ。」
「ああ。任せとけって」
それは予知と運命と戦うという意味だと和谷は 思った。でなかればこんな風に笑ったりしないって。
でも違ったんだ。 伊角はもうこのとき何もかもを受け入れていたのだ。
18話へ
|