伊角が頭を下げたのはまもなくヨセに入るという頃だった。 半目足りないのだ。
「ありがとう、塔矢。」
伊角さんは負けを認めるかわりにそう言った。
「司令官(倉田さん)が囲碁は実践にも役立つのだといってた。 ダメだと思ったとき、生きる活路を見出す力になると。 まあオレは生きられなかったけどな・・。」
「伊角さん・・?」
何かひっかかる言葉に僕は伊角を凝視した。
何かひどく嫌な感じがするのだ。胸騒ぎというのだろうか・・・。
「塔矢、本当にありがとう。また頼んでもいいか。」
「もちろんですよ。」
口ではそういったがこの嫌な感じが治まらなくて僕は そのまま退出しようとする伊角を呼び止めた。
「いいのですか?」
僕はただその一言だけしか聞くことしか出来なかった。 でもそれだけで伊角はすべてを察したようだった。
「オレはあいつに応えられない。」
伊角の苦悩の中に和谷がいた。
『応えられない』・・・伊角はそういったが伊角の心には和谷くんが確かに
いるのだと思う。 それに僕自身が同じような痛みを感じて辛くなった。
「でもいつまでも逃げているわけにはいかないでしょう?」
「そうかもしれないな。」
僕の問いかけに伊角はそう言って苦笑した。
だが、僕は伊角が退出した後、彼の心の声を聞いたしまったのだ。
『それもあともう少しだ。』と。
僕が救護室から解放されたのはそれから10日ほどあとの事だった。
その間に堕天使族との戦闘もあったが僕には遠い出来事の ように感じていた。
この空の下大勢の人の犠牲が生まれているというのに。 それが現実の事として自身に降りかかってこなければ他人事 だと・・・そんな風思ったアキラはひどく自己嫌悪に陥った気分になった。
今この戦闘が行われているその場所に僕もヒカルもいない・・・。 なぜヒカルがいないと確信できるのか、アキラ自身にもわからなかった。
だから僕には関係ないのというのだろうか?
といって敵として彼と対峙したとき僕は彼を攻撃できるとは 到底思えなかった。
この10日間僕が悩んで行き着いた先はこのままの僕では駄目だということだ。
僕は救護室から解放されてから一番に『サイ』に会いにいった。
人型を模ったフォルム 優しさの中に気品と
強さをたたえた表情、そしてその背にもつ大きな白き翼は誰をも受け入れる
神のようにさえ感じた。
僕はサイの冷たくていて温かいボディに触れた。
「・・教えて欲しい。僕はどうすればいい。」
その時だった。僕は忘れもしない声を聞いた。
「アキラ・・んな所でお前なにやってんだよ。」
僕は慌てて声のする方を見上げた。その人物はサイの肩に座っていた。
「ヒカル・・。」
心臓が壊れそうなほど大きく波打った。
「どうしてここに・・?」
僕の声ははち切れんばかりの期待と想いで掠れた。
「なんだよ。そのお化けでも見たような顔は・・。お前に会いに きたんだろ?」
ヒカルは屈託なく笑うと空を舞うようにサイの肩から飛び降りた。
11話へ
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