僕が救護室に来て5日がたとうとしていた。 眠ることにも飽きたが体は思うように動かなくてそうするしか他になかった。
あの戦いで心身ともに力を使い果たしてしまったのだと思う。 普段、僕はともすると人の強い意思やその過去などを無意識に 見てしまうことがあったが今はそれすら感じなかった。
本当に何もかもが静かで、ゆっくりと流れていく刻。 あの戦いがもう随分前のようにさえ感じて 僕は気づくと『ヒカル』のことばかりを考えていた。
僕は特異な能力のせいで周りに疎まれることがよくあった。 人は本来貪欲なものでそういった感情を読み取ってしまうのも嫌で 僕はいつの間にか人と距離を置き、関わりをもたないようにしていた。 だが・・・彼と心を交わしても嫌だとは思わなかった。
彼と出会って感じたものはなんだったのか? 今感じてるこの胸の痛みはなんなのか? そしてサイを通して見た彼の過去も今の彼も 僕はどう受け止めてよいのかわからないでいる。
もっと彼を知りたい・・・。 知ればキズつくだけかもしれない。それがわかっていても 僕は彼を求める気持ちが止まらなくて、ベッドに横になったまま宙に手を差し伸べた。
届かない想い、掴めなかった君をこの腕に手繰りよせようとして 僕はようやく気づいた。
僕の抱いてるこの想いが何なのか・・・。
いつの間にかウトウトしていた僕の思考に突然複数の足音がバタバタと鳴り響いて 誰かの想いが流れ込んできた。
『すまない。和谷許して欲しい。」
痛みにも似た心の叫びが聞こえて 慌てて体を起こそうとした時、その相手がドアをノックした。 僕が返事をする前にその人はドアを開けていた。
「塔矢少しの間でいいからここにかくまってくれないか。」
そこにいたのは取り乱した伊角さんだった。 伊角はそのまま後ろ手で扉を閉めた。
「塔矢本当にすまない。」
伊角さんは心底そう詫びていた。 こういうことにすごく律儀な人だと思う。
「いえ、気にしませんから。」
扉の向こうでまたバタバタと音がしてこの部屋の前で立ち止まった。
『伊角さん・・・なんで逃げんだよ。』
僕は相手が言った言葉が実際の声なのか心の声なのか 判別できなかった。 けれどその声にも痛みがこもっていた。
伊角をみると扉にもたれ辛そうに目を伏せじっと何かに耐えてるようだった。
足音が去ってからもしばらく伊角さんはその場に立ち竦んでいた。 そんな彼に声を掛けたのは僕の方だった。
「伊角さん、よかったら囲碁の相手をしてくれませんか?」
「構わないが、塔矢はもう体はいいのか?」
「あまり良いとは言えませんが寝るのにも飽きましたから・・。」
僕がそういうと伊角は苦笑した。
「塔矢この碁盤でいい?起き上がれるか?」
伊角はテーブルの上においてあった携帯碁盤を広げ僕が 打ちやすいように置いてくれた。
「ええ、それぐらいは大丈夫です。」
僕は伊角と向き合うと石を取った。
僕は子供の頃囲碁が好きだった。打つとその世界に魅了されてしまったように 入り込んでしまう。不思議な白と黒の宇宙。
だが僕の勝ちが込むとそれは能力のせいにされていった。
『あんなやつに勝てるわけがない。人の心を読む化け物だから。」と。
そう後ろ指をさされるようになって僕は碁をやめざるを得なくなっていった。 僕は囲碁を打つ時に人の心など読みはしないが公平さを競う為にと次第に誰からも 受け入れられなくなった。
僕は好きなこと一つできないこの能力を呪ったし
こんな能力なんていらなかったと何度も思った。
だが、ここに来てそんな僕に「碁を打たないか?」と持ちかけてくれた人がいた。 それが伊角だった。
10話へ
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