「それで、アキラくんに押し倒されたのか」
緒方と行きつけの居酒屋の個室で進藤は飲みかけていた
ウーロン茶にむせそうになった。
「あいつはそんな事しねえよ。足も怪我してたんだぜ。先生じゃあるまいし」
怪我から2週間を経て進藤のギブスは外れたが、まだ元の通りというわけではない。
この駅前の居酒屋にもタクシーで乗りつけてきたぐらいだ。
「オレが1度だけでいいって言ったら、あいつ『そんな関係は望んでない』って怒りだしてさ。人の気も知らねえで」
アルコールも入っていないのに進藤は酔っているようにくどくどと
管をまく。
それは緒方には照れ隠しのようにも見えた。
ずっと惚れていたやつに『好き』だと言われたのだ。舞い上がってもしょうがない。
しかも進藤はもうとっくに諦めていたはずだ。
どうしていいかわからないという本音と気恥ずかしさ、嬉しさも
あるのだろう。
そう言った感情に言い訳をつけて隠そうとしても緒方には手に取るようにわかった。
「それで返事はしたのか?」
「してねえよ」
はっきりと返事をしなくてもこの状態なら進藤が惚れているのは明白でアキラも強引に押してくるだろう。
緒方は全く面白くなかった。
「そういえばさ、先生あいつに何か言ったのか?」
「何かって何をだ」
「惚けんなよ。あいつに意味深に言われたんだからな」
「意味深?聞きづてならんな」
わかっていたが、すっ呆けたふりをした。
「今関係を持ってる人とは手を切ってくれって」
「それだけならオレとは限らんだろ?」
「その後あいつがぼそって言ったんだよ。『緒方さんとも』って」
空いた皿とグラスを取りに来たアルバイトに進藤は声を掛けた。
「お姉さんウーロン茶もう1杯」
「オレもダブルを」
『はい、直ぐにお持ちします』
アルコールも入っていないのに進藤の目は据わっていた。
「それでお前はアキラに何って言ったんだ」
「『わかったよ』って」
「ふーん。返事はしてないのにそこは認めたのか?」
「ああ、ホントなんでだろうな」
進藤は長い溜息を洩らした。
わかっていない進藤に緒方は目を細めた。
『ずっとお前はアキラにそう言って欲しかったんだろう』
オレとのこんな関係は終わらせたい・・・と。
いつか終わらせなきゃいけないと。
お前の中の罪悪感はわかっていたはずだ。
進藤の感傷を舐めアキラへの想いを逆手にとって来たのは他でもないオレだ。
「今日お前がオレを呼び出したのはその報告のためか?」
「うん、まあ、そうだよな」
視線を彷徨わせてしどろもどろになった進藤に苦笑した。
「オレとの関係を清算したらあいつに応えるのか?」
緒方の声は微かに震えていた。
装おうとしたが今は難しかった。
「オレは今もまだあいつは普通に女の人と付き合った
方がいいと思ってる。まして市川さんなんてあんないい人あいつは手離放しちゃだめだろう」
「そうだな」
相槌を打つと進藤の顔に苦悩が浮かんでいた。
今なら『辞めておけ』といえばお前は行かないかもしれない。
その場で ウィスキーがやってきて緒方は一気にグラスを飲み干した。体の中でぐらっと心が揺れた。
「進藤・・・。」
そんなカッコ悪い姿をみせてどうする?
進藤が見ていたのはずっと塔矢アキラだった。
キスをしても抱きしめても繋がってもオレの腕と肌を通して進藤の脳裏にあったのはアキラだ。
いつかそれでも言葉にしなくても体を重ねれば心も
が手に入ると思っていたのか、オレは・・・。
「緒方先生?」
言葉にならない言葉に目の前の進藤の顔が歪む。
「先生酔ってるのか?」
「ああ、そうだな」
進藤はちょっと困ったように頬杖を突いた。
緒方が酔っている時ほどそれを認めない事を知っていた
からだ。
「今日お前が飲まないのはあいつに言われたからか」
「そんなの言われてないよ。ただオレアルコールで何度か失敗してるし、明日は移動日だからさ」
そうは言ってもアキラとの事があって自制してるのだろう。
オレとだからましてかもしれない。
そして明後日はアキラとの名人戦4戦目なのだ。
今までの三戦、進藤とアキラはどこまでも高みを目指していた。
それが眩しくもあり悔しくもあった。
そしてそんな2人の成長が楽しみでもあるのだ。
それは本当に悔しかった。
「今日はもうここまでにするか」
緒方はそう言って立ち上がった。
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