それほど大きくない公園は進藤の自宅から100メートル程だったが、松葉づえで歩く進藤にとっては結構な道のりだった。
公園の奥ベンチに着く頃には進藤の息は軽く上がっていた。
幸いこの時間で公園には人影もなく小さな外套の灯りも届かないベンチに2人並んで腰を下ろした。
冷たい夜風も不思議と優しく感じてアキラはこんな事にも気づか
された事に苦笑した。
「それで、こんな時間に何の話だよ。今日の対局の事とか?」
それはないだろうとわかっているだろうに、進藤はあえて聞いた
ような気がした。
「市川さんと別れたんだ」
「フラれたのか?」
「僕の方からだ」
「お前の方からって理由はなんだよ。囲碁に専念したいとか。そういうのか?あんないい人逃したらお前絶対後悔するって」
そう言えば彼女は理由を聞くようなことはしなかった。
それが彼女の優しさでもあり、プライドでもあるのかもしれないと
アキラは今更ながら思って小さく息を吐いた。
「もう後悔してる」
「だったら、今からでも遅くねえだろ。市川さんに謝れよ。あの人
だったらわかってくれるって」
アキラは横に腰かける進藤をまっすぐに見据えた。
「君が好きなんだ。どうしようもなく・・・」
「お前何言ってんだ?」
暗くて表情は見えなかったが、進藤の声は微かに震えていた。
アキラはもう1度はっきりと言った。
「僕は進藤ヒカルが好きだ」
「バカ野郎、オレは男だろ!!」
「それがどうした!!」
「どうしたって、オレは男だし、恋愛の対象にはならねえ
だろ!!」
「性別は関係ない」
怒鳴りあうような言い合いに終止符を打つようにアキラは静かに
言い放った。
本心を見せてこない進藤に苛立ちはあった。だが、彼がそう素直に認めもしないだろうとも思っていたのだ。
「だったら、お前の一時的な気の迷いだ」
「気の迷いで君は人を好きになったりするのか?」
反対に聞き返すと、進藤が口ごもった。
「進藤・・・・。建前や世間体じゃなく君の気持ちを
きかせてくれないか」
「オレはお前の事なんかなんとも思ってない」
微かに震える声にアキラは戦慄く。
「それが君の返答なのか?」
「そうだよ、だからお前は市川さんの所に戻れよ」
耐えていた糸がプツリと切れた。
アキラは強引にヒカルの腕を掴んだ。勢いで松葉づえが
地面に倒れたが構わなかった。
「やめろ!!」
「しらばっくれるな。君はあの晩言ったじゃないか。『アキラが好きだ』『抱いてくれ』って。君は平気であんな事をいえるのか」
「な・・・何の話だよ」
「酔っぱらいの戯言だとでも言い張るつもりか!!」
進藤は目を大きく見開いてそれでも『知らない』と言い張った。
進藤が足を怪我していたのが幸いとばかりに彼の両手を掴み
アキラは強引に引き寄せた。
「何考えてんだ、馬鹿、離せよ、」
抵抗を試みる彼を必死の力で抑え込み抱きしめた。
「君が僕を好きだと知ってるのにどうして抱きしめたいと思ってはいけない。どうして君は・・・。」
アキラは腕を掴んだままその唇を捉えた。
抵抗していたヒカルの体から力がいっきに抜けたのがわかった。
「バッ・・・」
バカといいかけた進藤は肩を震わせ嗚咽を必死にこらえていた
そんな進藤が愛しくてたまらなくなる。
堪えようとしていた彼の瞳から零れてきた涙をこの胸で受け止める。
「愛してる」
奪った唇も涙でしょっぱくて、アキラは壊れる程強くその体を
抱きしめた。
ようやくその体を唇を解放した時、慌てたように進藤は体をアキラから逸らした。それは今更のようだった。
「もういい加減認めてもいいだろう」
「オレは今までのままでいい。お前とどうしたいなんてこれっぽっちも思ってない」
アキラは泣きたい気持ちになった。
「それでも君が好きなのは僕だけだろう」
背を向けた進藤の背が震えていた。
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