RAIN

14

 

     




アキラは市川と何度か行ったことのあるバーに入り、一人カウンターに腰を下ろす。
少し薄暗く落とされた照明も静かに流れるジャズも会話の邪魔にはけしてならない。

ここの雰囲気がアキラは好きだった。

待つこと20分、3杯目に入ったジントニックを受け取った時市川が現れた。

「すみません。市川さん、急に呼び出したりして」

「ううん、いいのよ、ここは家から近いし」


市川はコートを脱ぎアキラの横に腰を掛ける。

「でも珍しいわね、アキラくんからなんて」

アキラはそれに応えず小さく俯いた。
市川はアキラがヒカルに今日の対局で負けた事をすでに知っていた。
小さくふっと息を吐くと苦笑した。

マスターが市川の前に『ブルーラグーン』を置く。

「あら、随分気が利くのね」

市川はグラスを取ると深いブルーの液体を揺らした。
綺麗な色だ。この深い青はなんとなくアキラを思わせる色だっただから市川は好きだったのかもしれない。

ゆったりと流れる時間、そして音楽と無言の時間。
ずっと続けばいいと思う反面、続かないことも知っていた。

「市川さんごめんなさい、僕は・・・・」

その後のアキラの言葉は市川に聞こえなかった。
けれど、瞬時に市川をその意味を理解した。

一気に手に取ったブルーラグーンを飲み干すとマスターにもう1
杯頼んだ。
そうして体をめぐるアルコールに思考が負けないように必死で
考えた。

「こんな事をアルコールの入った状態で言うなんて最低だと
思っています」

見るとアキラは苦悩を浮かべていた。
そんなアキラに市川は笑い飛ばすように言った。

「ううん、わかっていたのよ。アキラくんの心が最近ここに非ずだってことぐらい・・・・。
気づいていたのに言いい出せなかった私も悪いの。だからね」

市川は母親のようにアキラの背を優しく撫でた。

アキラはこの時気づいてしまったのだ。
市川は自分のせいにすることでアキラの罪悪感を少しでも
取り除こうとしてくれているのだと。

そんな優しい市川だからこそ傷つけてしまった事を悔やんでも
悔やみ切れないのだと思う。

「市川さん・・・・」

「もうそんな顔しないの。今日は驕ってくれるんでしょ」

彼女はマスターから『ブルーラグーン』を受け取るともう1度グラスを傾けた。

「私ね、このお酒どうして好きだったかわかる?」

「確か前にこの青が綺麗だって」

「うん、そう・・・、」

そう呟いた後市川は何も言えなくなる。
そのまま市川は深いブルーを揺らし飲み干した。




バーを出た後市川は少し足がもつれていた。
送って行こうと支えた手を市川はそっと外した。

「私なら大丈夫だから」

「でも・・・。」

言いかけたがそれ以上アキラは掛ける言葉が見つからなかった

「心配しないで、私は何があってもアキラくんの味方だから」

軽く歌うようにそう言った市川は一人さっさと歩き出す。
アキラはその背を追う事が出来ずただ消えるまで見送る事しかできなかった。




頭を冷やすためアキラはそこから4駅の道のりを歩いた。


アキラがすでにそこに着いた時には11時を回っていたが
構わず携帯に電話した。2度のコールで相手が出る。

「もしもし、塔矢?」

声を聴いてこみ上げてきた想いでその家を見上げた。

「ああ、僕だけど、君は今家にいるの?」

ひょっとしたらまだ緒方と一緒かもしれないという危惧があった。

「ああ、家だけど」

「こんな夜分にすまないが少しだけ付き合ってもらえない
だろうか」

「付き合うってひょっとして外にか?オレが足怪我してるの知ってるだろ!」

「今君の家の前なんだ」

そこで突然携帯が切れ、
ドタドタという足音とともに進藤が玄関から顔を出した。

「早いね」

「この足だから、今1階で生活してんだ、ってそんな事より
お前今何時だと思ってるんだよ!!」

近所もあり、進藤は声を下げたがそれでも怒りを現していた。

迷惑は重々わかっていた。それでも1分でも1秒でも早く会って
伝えたかったのだ。

「すまない、どうしても君と話がしたかったんだ」

進藤は盛大に溜息を吐いたが、ここまで来たアキラを無碍にすることも出来なかったようだった。

「もうわかったよ。ここだと近所迷惑だからこの先の公園でもいいか?」

「ああ」



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