RAIN

6

 

     




仕事で進藤と顔を合わせる機会は多い。

来週末からはアキラの持つ名人に挑戦者として進藤が臨む。
7局までもつれ込んだとして3か月以上に及ぶ対局だ。その間に
2人には王座戦リーグもあった。


そして今日は棋士の懇親会にアキラは参加して、その中には
進藤の姿もあった。
先日の謝恩会のように立食の軽いパーティ形式の懇親会だ。


和谷と談笑していた進藤がちらりとこちらを見て小さく手を上げた。それに僅かにアキラが反応すると進藤が声を掛けてきた。

「この間は迷惑掛けちまって悪かったな」

進藤がアキラに自分から仕事以外で声を掛けてくるのは最近なく珍しい事だった。

「この間って謝恩会の?」

「ああ、オレ記憶飛んでて覚えてなくてさ、けど和谷が塔矢が心配して、付き添ってくれたっていうから」

「客の勧めでも容量は弁えて断るべきだろう。記憶も無いほど泥酔はどうかと思うよ」

「わかってるよ」

口やかましいとでも言いたげに、進藤は口を尖らせた。
それでもアキラに迷惑を掛けたと思っているのだろう。それ以上には反論しようとはしなかった。

「でも、たまにはそうやってお酒に呑まれたいと思う事もあるんじゃないのか?」

あの時もそうだったのではないかと思うのだ。
それこそ、アキラに泥酔しなければ言えないような事を吐き出したのかもしれない・・・。
何度も蘇るあの夜の進藤の声と表情をつぶさに思い出しアキラは胸の奥に痛みが走る。

「ああ、まあそんな時もあるよな。塔矢でもあるのか?」

「ない・・とは言わないよ」

進藤はそれに「くくっ」と笑いを堪えたようだった。

「それ聞いて安心した」

「君は僕をなんだと思ってるんだ」

「だってお前はそう言うの見せないからさ」

進藤のいう『そう言うの』が指すのはプレッシャーやストレスの事だろう。
『見せないから』ないわけではないのだ。
ひょっとしたら人一倍感じているかもしれない。

「君は弱みを見せすぎだ」

「そっか?」

「ああ、だから、あの人に・・・」

咄嗟に口に吐いた言葉にアキラははっとした。

「あの人?」

「いや」

失言だった。
でもあれから脳裏から離れないのだ。
それこそお酒の力を借りてでも離したいぐらいだった。

そこで、会場がどっとドヨメク声があった。
振り返るとそこに緒方の姿があった。

緒方は進藤から本因坊を奪われたものの、王座に返り咲いた
ばかりであった。
背の高い緒方は白いスーツ姿で、どこか華があり、すでに棋士や関係者に囲われていた。


「緒方先生ってさ、何か今一番ノッてるよな。輝いてる
つうか」

そんな事はないだろうとアキラは思う。
本因坊を進藤に奪われ、無冠からなんとか奪還は果たしたもの他のリーグを落とし、ここの所の不調を囁かれている。

碁界で今一番輝いてるのは名実ともに進藤のはずだ。
だが、その進藤が緒方を見つめる瞳には羨望のようなものがあった。

「緒方さんは輝いていうより、ぎらぎらしてる・・・と言った方がいいんじゃないか」

「ああ、確かに、それすごく言い当ててるかも」

進藤は声を上げて笑って、アキラに『それじゃあ』と手を上げた。

「そのぎらぎらしてる人に挨拶してくる」

背を向けた進藤を思わずアキラは呼び止めた。

「進藤!!」

呼び止めたのに振り返った進藤に掛ける言葉が思い浮かばず、
一瞬お互いの視線が合って進藤が噴出した。

「なんだよ、お前オレに言いたいことがあったんじゃないのか?」

一瞬の間の後アキラは気を取り直すように言った。

「名人戦楽しみにしてる」

「・・・楽しみか、まあうんそうだよな」

進藤はそれだけではないと言いたそうだった。
それはアキラも同じなのだ。
ただの勝負ではない。
世間の期待もプレッシャーも、碁界の未来も互いに背負ってる。
絶対に負けられない勝負だ。

それでも進藤と対局するのはアキラには特別なものなのだ。
切磋琢磨し、淘汰するためにはなくてはならない、好敵手。

だから進藤と対局するのはこんなにも胸が躍るのだと思う。
もし進藤もそう感じてるなら・・・・。


進藤が笑った。

「オレ、お前と対局するのは他とは違うんだ。
なんていうのかな・・・。
まあ、旨く言えねえけど。勝ち負けもだけど、いい内容に
しようぜ」

心が射抜かれたようだった。

そう言って去った、進藤の向かった先は緒方の元で、苛立ちが
募る。





懇親会の後、緒方と二人会場から出て行った進藤の肩には緒方の手が回されていた。
僅かに震える体にアキラは自分が彼の姿をずっと追っていた事に気づかされた。

『なぜ、緒方なのか?』

そう問うた背には答えが既に出ていた。



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なんだかアキラくん悶々としておりますが・・・。
毎度の事ですが、棋戦の時期は都合で書いてます





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