市川の運転する車の中でアキラはぼんやりと車窓から見えるきらびやかな夜景を追う。
市川は忙しいアキラの為、移動の時には車を出してくれる。
気を遣わせているのはわかっているのだが、それでも彼女が
運転をかってくれるのはアキラと少しでも一緒にいたい為だという事も知っている。
忙しいアキラとではデートらしいデートもままならず、アキラも市川の好意に甘えていた。
そして市川のいいところはそう言う事を自然としてしまえることだろう。恩をきせるような事も、デートに行きたいとも市川は一度だって口にしたことはない。
あの後・・・・。
『急用ができた』と和谷に連絡を入れて進藤の看病を代わって
もらった。
ただの酔っぱらいの戯言だと思う反面、ここの所感じていた違和感にも思い当たる所があった。
あの本因坊戦1局目の二日目の朝の緒方と進藤の事もだ。
そして進藤のあの戯言を聞いてからアキラはどうしようもなく揺れていた。
「アキラくんどうしたの?さっきからぼっとして。疲れ?」
信号で止まった車の中、市川はアキラにひざ掛けを掛けた。
それでアキラははっとした。
「すみません」
「あら、謝らなくていいわよ。私といる時は気を遣わなくていいから。疲れてるなら家に着くまで寝ててもいいのよ」
こういう市川の何気ない優しさにアキラは惹かれてる。せっかく
久々にあったと言うのにあくまで彼女はアキラを気遣ってくれる。
「ありがとうございます。でもせっかくだからどこか今から食事に
でもいきませんか?」
「この時間から?」
時間は11時を回っていた。それでも市川をこのまま返すには申し訳なかった。
それに今はアキラ自身が市川と一緒にいたかったのだ。
「24時間やっているファミリーレストランが駅の近くにあります。
確か・・・えっと」
「ああ、ドンターンね。でもアキラくんファミレスなんて行った事あるの?」
「進藤と一度だけ行った事が、」
対局の検討をする為に入った事がある。あの時はやはり今日の
ように11時を回っていて、飲み放題のコーヒー3杯で朝まで検討を続けたのだ。最初のうちはお店に迷惑ではないだろうかと掠めたが、いつの間にかそれさえ忘れていた。
それほど進藤との検討に夢中になった。
斬新な手、新手は考えただけで心が躍ったのだ。
アキラはそこまで考えて小さく溜息を吐いた。
「あの時は進藤とコーヒー3杯で朝までファミリーレストランに
居たんですよ」
「対局でもしていたの?」
「いや、それは流石に・・・・」
「でもいいわね。アキラくんと、進藤くんって、ちょっと妬いちゃう
かも」
「妬くって?」
アキラはやましい気持ちはないのに胸がドキリとした。
「お互いライバルとして認めあってるでしょ、そういうの羨ましいなって」
ああ、そう言う事かとアキラは苦笑した。
「でも進藤には僕が認めてるって事は言わないで欲しいのです」
「あら、自他とも認めてるんじゃないの?それともやっぱり
照れ臭かったりするの?」
クスリと市川に笑われてアキラは頬を染めた。
「お互い素直じゃないよね、アキラくんも進藤くんも」
市川は楽しそうに笑う。
その言葉でアキラは無自覚だった意識に気づかされる。
気づけば進藤を追っていた日々。苛立ちと怒りに震えたあの対局。
そして今、肩を並べて思うのは、焦りなのだろうか?
喜びだろうか?
『アキラ、好きだ・・・・』
あの時進藤の言った言葉を思い出し、アキラは戦慄く。
かき消そうと思うのに耳についたように巻き戻される声とあの日の進藤がアキラの中にいる。
ファミリーレストランまでは後わずかで看板も見えていた。
「市川さん、あの・・・今晩は何か予定がありますか?」
「何?改まって、何もないわよ」
市川は軽く、どこまでもアキラに付き合うと言ってくれたような気がした
「ファミレスではなく朝まで付き合ってくれませんか?」
アキラの声は震えていた。
アキラの意図をわかったのだろう市川の表情が揺らいだ。
「うん、いいわよ」
そう言った市川の声も少し震えていた。
6話へ
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