アキラの部屋に入ると勲は落ち着かずあたりを見回した。
ヒカルはソファに座らず部屋を見て歩いていた。
『兄ちゃん!?、』
勲の呼びかけにヒカルは振り返った。
『ひょっとしたらオレはここで塔矢と一緒に暮らしてたかもしれねえよな。』
ヒカルが会話に応じたことに勲はようやくホッとした。
「兄ちゃんは緒方先生と暮らしてたんじゃないの?」
「まあそんな頃もあったけど、」
「それよりどうしてオレがさっきから話しかけても返事しなか
ったんだよ、」
「ごめん、出来なかったんだ。」
キッチンに入っていたアキラがココアを運んできた。
「こんなものしかないけれど勲くんどうぞ、それから・・・、」
そういって勲の隣にはコーヒーを置いた。
「進藤はここにいるのかな?」
「あ、いえ その」
勲がヒカルを目で追うとヒカルはソファに腰かけた。
「兄ちゃんここにいます。」
「そう、飲めないかもしれないけど気持ちだけ。それで進藤は
どう?」
「うん、今やっと話が出来ました。
ここって塔矢先生兄ちゃんと住むはずだったんですか?」
アキラはそれにかなり驚いた。
「進藤がそんなことを言ったの?」
「はい、」
「そうだね、もし進藤が生きていたら僕とここで暮らしていたかもしれない。
・・・でも勲君が生まれたから僕とは暮らしてなかったかも。」
アキラはそう言って微笑んだ。
「オレが生まれたせい?」
「そうじゃないよ。進藤自身の心の問題だ。」
「もしも」ヒカルが今生きていたら・・・。
それだけを望んだ日のアキラがいた。
だがその望みは叶うことなく、けして訪れることもなかった。
なぜだろう。アキラは歩むことができなかった
『もう一つの人生』を今はっきりと感じることが出来た。
アキラはヒカルがいるという虚空を見た。
「進藤、君が消えるというのは本当なのか?」
ヒカルはその返事を直接せず勲に言った。
『なあ勲塔矢と二人きりにしてくれないか?』
「でも兄ちゃん塔矢先生と直接話せないじゃないか、」
『それでもいい。二人にして欲しいんだ。』
「わかった。」
勲は頷くとソファから立ち上がった。
「あの、先生兄ちゃんが先生と二人にして欲しいって、」
「だったらもう遅いし勲くん寝る?」
「その方がいいのかな?ひょっとしたら兄ちゃんオレの体に憑いて
先生と話しするつもりかもしれないし、」
ヒカルは心の中で横に首を振った。
恐らくそんな力はもう残ってない。
アキラは寝室に勲の布団を用意した。
「勲くん心配しないで、僕が進藤と話をするから、」
そういったが勲は心配そうにアキラを見上げた。
不安が心の中を広がって行くのが止まらない。
でも今はアキラに任せるしかない。
「わかりました。先生お願いします。」
勲は布団に潜り込んだがなかなか寝付くことが出来なかった。
アキラはリビングに戻るとヒカルが座してるであろうソファを見た。
もちろんアキラには何も見えない。
アキラは兼ねてより用意していたものをテーブルに置いた。
何度も試みたが一度も成功した試しはない。
霊媒師によるとアキラのような体質には幽体離脱は難しいのだという。
それでも今どうしてもアキラはヒカルに会わなければならなかった。
お願いです。一度でもいい、
『進藤に会わせてください。』
お香の匂いが立ち込める中アキラは必至にすがるよう強く願った。
不思議な感覚があった。
体がダブり空に浮くような感覚、
ソファに目を落とすとはっきりとそこに進藤がいた。
進藤はあの頃の姿のままだった。胸が張り裂けそうになる。
「進藤・・・」
呼ばれた声に驚いてヒカルはアキラを見上げた。
「塔矢?」
アキラはヒカルに近づこうとしたがつんのめった。
アキラの霊体は体からそれ以上離れることはできないようだった。
「塔矢お前ひょっとしてオレが見えてる?生霊ってやつか」
「ああ、ようやく君に会えた。それより消えるって本当なのか?」
ヒカルは静かにうなづいた。
「そんな勝手なこと事絶対に許さない!!
君はもうこの世に何の未練がないというのか?
僕との対局だって決着はついてない。勲くんの事もこのまま
放りだすのか?」
ヒカルは静かに首を横に振った。
「オレは未練ばかりだぜ?お前の事も勲の事もまだオレは
何も決着は着いてない。」
「だったらなぜ!!」
怒りに震えるアキラにヒカルは静かに言った。
「なあ塔矢、人はなぜこの世に生まれてくるんだと思う?」
アキラはヒカルの言ったことが抽象的すぎて答えられなかった。
「いつかは誰だって死ぬんだ。必死に生きても残せるもん
なんてたかが知れてるだろ?」
そう言ってヒカルはアキラに近づいた。
「オレはさ、死んでお化けになっちまったからわかったんだ。
人間はそれで終わりじゃないってことをさ。
ずっとずっとオレという魂は過去から今に、そして未来に続いてくんだ。
だから必死に生きるのだと思う。
次に繋げるためにさ。未練がなくなることなんてない。
そんなの次生まれてきた時につまんねえじゃねえか、」
そう言った進藤はさみしげに笑った。
「だからお前との決着も次の楽しみに取っておく。」
アキラは心臓が鷲掴みされたように苦しくなった。嫌だ、嫌だ、嫌だ!!
ヒカルが何を言おうがアキラは理解したくなかった。
ヒカルはアキラの頬に触れると唇を重ねた。
その手も唇も温かくて狂おしくて泣きたくなる。
「なあ、塔矢、オレを抱いてくれよ」
アキラを誘うその唇に望みそうになったアキラは自身に叱咤した。
「出来ない。」
アキラは叫ぶようにそういった。
「お前なあ、据え膳食わねえなんてどんなだよ。」
「抱けば君はまた一人で逝ってしまうのだろう。そんなこと出来るはずない。」
「お前が抱こうが抱くまいがオレはもう消えるさ。」
それでもアキラは首を横に振った。
ヒカルは溜息を吐いた。
「あの時もだったよな?オレが『抱いてくれっ』て頼んだのにお前は抱かなかった。」
緒方とヒカルが一緒に暮らしていた時の事だ。
あの時の事をアキラはまるで昨日の事のように思い出し唇を噛んだ。
「あの時の事は後悔してる。
けれど、もし同じ状況があったとしたら僕はやっぱり
君を抱かなかったと思う。」
ヒカルはそれに呆れた。
「相変わらず頑固っていうかプライドが高えよな。まっ塔矢らしいけどさ、
でもオレは抱いて欲しいんだ。神様にお願いして残してもらったチャンスなんだぜ。
最後ぐらいオレはお前を感じたい。」
「進藤・・・。」
ヒカルが亡くなった時アキラは間に合わなかった。すでに冷たく物言わぬ君が
そこに横たわっていた。その手に触れて嗚咽した。後悔した。
何もかもを取り戻すことが出来ないとわかった時アキラも死んでしまいたいと
思った。
それでも今アキラがここにいるのはなぜだろう。生きてきたのは
なぜだ?
それはヒカルが言うようにもう1度彼に出会うためだったのではなかったのか?
アキラは震える手をヒカルに伸ばした。
24話