この空の向こうに
(この空の向こうに)

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アキラがヒカルに触れると2人の衣類は消えていた。
ヒカルはそれに小さく笑った。

「霊体って思ったことがそのまま出ちまうんだな、」

「君を抱くのに服はいらないだろう、」

「ああ、」

望んだのはアキラだけじゃない。

アキラは壊れるほどヒカルを抱きしめた。
ヒカルもこの瞬間を噛みしめるようにアキラに回した
腕に力を込める。

緒方の時もそうだったが霊体は肉体が交わるよりもストレートに
入ってくる。
まるでヒカルのすべてをアキラが纏ったようだった。

「お前を感じる。」

「もっと君が欲しい。」

「ああ、入ってこいよ。」

「進藤!!」

そのまま2人ソファに倒れこんだ。
ソファにはアキラの生身があって丁度その上に被る。

「ああっ、」

ヒカルが小さな悲鳴を上げた。深層の奥までアキラが手を
伸ばし入り込もうとする。
アキラとヒカルの2人の魂が混ざり合う。

その瞬間ヒカルは確かに見えた。

ヒカルが亡くなった日病室で崩れ落ちるアキラの姿が
一人墓地の前に佇むアキラが。
そしてヒカルの欠片を集めるように
棋譜を書きはじめたアキラの姿が・・・。

お前をまた一人残していかなければならない
オレの罪を・・・どうか許して欲しい。
ヒカルの心から涙が零れ落ちた。

『塔矢愛してた・・・ずっと出会ったころから、』

「進藤、僕も愛してた、ずっと・・・ずっと、君だけを!!」

心の距離が近くて叫びはそのまま互いに伝染する。

アキラはもっともっとと乞うようにヒカルを求めた。
魂が一つになり溶け合おうとする。

「あああ!!!」

ヒカルは一際高く喘いだ。

「進藤このまま僕と一つになれ!!」

アキラの心の懇願がそのまま声になる。

「お願いだ。もうどこにも行くな!!ずっと僕と一緒に
いてくれ、」

唇が重なりそれは深く深くヒカルを飲み込もうとする。
愛しくて苦しくて、望みたくなる。
でも一つになることなんてできない。

このままアキラと一つの魂になれば永遠に離れることは
ないだろう。
でもそんな自己完結をアキラだって本心から望んで
るわけじゃない。

溶け合おうとした魂がぶれた。

アキラはその瞬間ヒカルを掴もうとしたがヒカルはそれを
振りほどいた。


「ありがとう、でもそれは出来ないんだ。だってそんなの面白く
ねえだろ?オレとお前は違う人間だから求めあうんだ。」

ヒカルの体がぼうっと光を放出し始める。

「タイムリミットだな、」

「嫌だ、行くな!!」

そう言ったアキラはまるで子供のようだった。

アキラがヒカルにもう1度手を伸ばした。
それはかろうじて掴むことが出来た。

「ごめん、塔矢もうダメみたいだ。」

アキラの端正な顔が泣き顔で崩れていた。

「バカ笑えよ。」

「どうしてこんな時に笑えるっていうんだ。」

「オレが笑ってて欲しいから、なあ塔矢一つだけ
勲の事頼んでいいか?」

アキラは首を横に振った。
ヒカルはそれに小さく笑った。

「大丈夫だ、お前はオレに頼まれたら絶対してくれる。
オレが消えたら勲を支えてやってほしい。
お前にしか頼めねえんだ、」

ヒカルは笑顔だった。

『どんなに離れてもオレはお前と一緒だ。
オレはいつだってどんなときだって心はお前とある、』

アキラの魂が震えた。
ヒカルのその言葉をずっと心に刻みつけて生きてきた。
それと同時になんと残酷な言葉だろうとも思ってきた。

「嫌だ!!」

抱きしめたはずの輪郭がぼやける。

ヒカルはアキラが見た事もないほど優しく
幸せそうに笑った。

「塔矢、また会おう、」

儚な笑顔が消えて言った。


「進藤!!!」

後にはアキラの絶叫だけが残った。








寝室でなかなか寝付くことが出来ずにいた勲だったが
いつの間にかうとうとしていた。


それは虫のしらせのようだった。
衝撃で目が覚めた勲は冷汗をかいていた。
ベットから起き上がって心臓を抑えた。

心臓がバクバクいって勲の不安が広がって行くようだった。
勲は慌てて寝室から飛び出しリビングに駆け込んだ。

そこには一人泣き崩れアキラがいた。

「とうや・・・先生?」

アキラは勲を見た。
そこに立ちすくむ勲がヒカルと重なる。
アキラは立ち上がるとその小さな体を力いっぱい抱き寄せた。


「勲くん、」

「兄ちゃんは・・・?」

アキラは何もそれに答えなかった。
それだけで勲は全てを悟ったのだ。

勲はヒカルが夢の中で残した言葉を
ただ噛みしめた。

『兄ちゃんはもう行くけれど今度会うときはまた勲とは兄弟だ。
その時はお化けなんかじゃなく一緒に喧嘩して笑って泣いて
碁を打とうな。』




勲はアキラの胸の中で泣いた。









緒方が遠征先からタクシーを飛ばし
アキラのマンションにたどり着いたのは明け方
近かった。

近所迷惑だろうがなんだろうが緒方はアキラの部屋の
インターホンをならした。

すぐに出てきたアキラは突然の訪問者に驚きもしなかったが
髪が乱れ、目は充血し、おおよそ普段のアキラとは
思えないものだった。

緒方は当然迷惑だと怒鳴られるだろうと思ったがアキラは
何も言わなかった。

「アキラくん、saiはどこだ!!」

アキラは崩れ落ちるように首を横に振った。

「彼はもういません。また一人で逝ってしまいました。」



「そうか、」


緒方は一瞬の間の後ただそう言った。
本当はわかっていた。
あの碁を見たときから、ネットで対局した日から。
夢の中で抱いた時から。

だからネット最強戦にここまで固執したのだ。

非現実極まりないと思ってもそれを否定することが緒方には
できなかった。


『もう1度挑戦者になるからその時まで預かっていて欲しい。』



病室で交わした約束さえも果たせずお前はまた逝って
しまったんだな。
仮眠したタクシーの中で最後にあいつが残した言葉を
胸に緒方はタバコに火をつけた。


緒方は寂しく笑うと夜空を見上げタバコの煙とともに
溜息を吐いた。

「なに、また会えるさ。」

「ええ、必ず、」

悲しみのなかにわずかな希望が差し込む。

僕は何度生まれ変わっても君を探し出し必ず出会う。
そして今度こそ君と一緒に生きるのだと誓う。
そう約束したのだから・・。



アキラもまた空を見上げた。
まもなく夜が明けようとしていた。


                  
            
                     この空の向こうに 終わり
     







                                  


あとがき

サイトから、ブログから更新毎に読んで下さった皆さん、一気にここまで読んでくださった皆さんもありがとうございます〜!!
このお話はともち様から頂いたリクエストで思いついたものなんですが。

以下がともちさんからのリクエスト内容デス。

ヒカルが助からなかったらどうなるだろう?と妄想しました。弟が大きくなって、ヒカルとそっくりに育ちいつお墓参りに行っても墓にいるいるアキラを見かけるたびに気になり・・アキラを恋するようになる・・
 弟は中学生になり、ヒカルと初めて会ったころにそっくりに育ち、碁を始めると天才的な才能を示して・・アキラが初めての弟子として弟を世に出す。
 弟が15歳になりプロになった時、アキラに無理やり迫ってアキラも流されて一夜を共にしてしまう・・すると、ヒカルが弟の意識の中から出てきて「どうしても成仏できなかった」と言い、2人は感激の一夜を過ごす・・
 しかし、朝になると弟に戻ってしまう。弟は、常に自分が天才ヒカルの弟だということに再悩まされ、アキラが自分の向こうにヒカルを見ていることを苦しむ。
などなど・・こんな感じのストーリー、書いてくださいませんか?

以上ともち様の文面をほぼ貼り付けさせて頂きました。

えっと『全くリクエストに応えられてねえじゃないか!!』というお叱りは置いといて(滝汗おい;)
リクエストを頂かなければ少なくとも思い付きもしなかっただろうというのが本当の所です。天空シリーズは私の中では完全に完結していたものなので
今回こうやって書かせていただけたこと、改めて読んで下さった方がいることに
感謝してます。
そして「この空の向こうに」を書き上げた後私が真っ先にしたのは同シリーズの「夜明け前」を読んだことです(苦笑)
久しぶりに読み直み返すとそっちも色々言いたい事はありますが(苦笑)
分岐したお話のもう一つとしてここでは留めておきたいと思います。
ありがとうございました。                 2013 2月15日 堤緋色




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