この空の向こうに
(この空の向こうに)

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アキラは画面を前に苛立ちを隠せず、机をバンっと叩いた。
それでも怒りが収まらず手近にあった携帯を取る。

長生でも相手が投了した場合は無効試合にならない。
あくまでどちらも引かなかった場合のみだ。
今回のことだって大会運営当局に訴えても「結果」がひっくり返るとは
思えない。
だがそれでもアキラは何もせぬよりましだと思った。


対局の間、切っていた携帯の電源を入れた瞬間
コールがなった。
それは緒方からでアキラはやむなく電話に出た。

「もしもし、」

「アキラくん、」

電話向こうの緒方の声も怒りに震えているようだった。

「saiは誰だ?」

単刀直入だった。

「知らないと言ってるでしょう、」

「そんなことオレが信じると思ってるのか!!」

緒方の怒声にアキラは負けじと返した。

「緒方さんが信じる、信じまいと僕には見当がつく人はいません。」

「嘘だな、」

緒方ははっきりそう言い切った。

「saiがネットに現れたはそもそもお前と対局するためだろう。
今回の棋戦に出場したのもな、
オレにはそうであったとしか考えられない。出なければ
あんな投了したりしない。」

アキラは息を飲んだ。
やはり緒方は勘がいい。
だがヒカルの投了はアキラにも予想外だった。

「どうしても名を明かせないというならそれでもいい。ネットでいいから
オレと再戦させろ。」

「僕は知らないと言ってるでしょう!!」

そう言い張るしかない。

「アキラくん!!」

緒方の怒鳴り声を無視してアキラは電話を切った。
これ以上話をしても堂々めぐりだ。
緒方を誤魔化すのは難しいかもしれない。が、だからと言って
進藤の事を言うわけにいかない。シラを切り続ける他はないのだ。

受話器を切って数秒もたたないうちにコールが鳴った。
また緒方かと思って電源を切ろうとしたアキラは相手の名前を見て
慌てて取り上げた。

「もしもし勲くん?」

声を掛けたがしばらく電話向こうからの応答がない。

「ひょっとして進藤なのか?」

怒りとも愛おしさともわからない感情がアキラを支配する。
だが電話向こうの声はすすり泣いているようだった。

「兄ちゃんじゃない。勲です。」

「勲くん、投了ってどういうことなんだ?」

勲のせいじゃないとわかっていてもアキラは声を荒げた。

「先生、兄ちゃんが消えちゃう。」

勲は絞り出すようにそう言った。
アキラの今まで怒りに震えていた感情が一瞬にして凍りついた。

「消えるって、どういう・・・?」

「わからない。でも兄ちゃんがそう言って先生に最後に会い
たいって、」

勲は嗚咽していた。
アキラはこれ以上じっとしていることが出来なかった。

「わかった。勲くん今から家を出れる?おうちの人には僕から
話をしよう。」

「はい、」

「今から迎えに行くから。」







アキラが車で自宅まで迎えに行くとすぐに勲は美津子と出てきた。
アキラの急なお願いにも美津子は嫌な顔一つしなかった。

「すみません、急に伺った上に夜分に勲くんを連れ出すことになって、」

「いえ、それはいいんだけど、」

美津子も勲の様子がおかしいのは感じていたようだった。

「明日責任もって勲くんを送り届けます。」

「ええ塔矢くん、勲の事お願いします。」

「行ってきます、」


そう言って門扉を出て行こうとした勲を
美津子は何を思ったか背後からぎゅっと抱きしめた。
アキラの見てる前という事もあって勲は面食らった。

「かあさん?」

勲は驚いて振り向き美津子の顔を見上げた。
美津子は鼻をすすって困ったように笑った。

「ごめんなさい。私ったら変ね、」

美津子は何も言わないが勲にヒカルを
重ねてしまったのかもしれない。
それとも消えていくと言うヒカルを感じとったのだとしたら・・・。

そんな思いがよぎったアキラは自分の考えを必死で否定しようとした。
でなければ心が闇に閉ざされそうになる。

「行ってきます、」

再度そういって美津子の腕を抜けだした勲の背に美津子は泣き
出しそうに顔を歪めた。

「ありがとう、元気で・・・。」

「何言ってんだよ。1日だけなのに、」

美津子の何気ない言葉にアキラは全身がわなわなと震える
のを感じた。

「そうよね、母さんやっぱり変ね。」

アキラは必死で自身を保とうとして美津子に笑顔を作り会釈した。

「それでは失礼します、」



出発した車を美津子はいつまでも見ていた。
その瞳には涙が浮かんでいた。

     
                                   23話へ


22話ちと短かかったですね(汗)
タイトルとサブタイトルがここから一緒になります。

ラスト2話(3話)です




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