この空の向こうに
(ネット最強)

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勲は電話を切った後、話辛くてそのまま机に向かうとヒカルの方から
近づいてきた。

「勲悪かったな、そのカチンときちまって、」

「うん、」

ヒカルは笑って取り繕ったがその場の空気は重々しくて勲は
頷くことしかできなかった。
塔矢先生は兄ちゃんのこと心配して言ってくれたのに・・・。

「あいつの言ったこと気にすんなよ。」

ヒカルもそれ以上は言わなかった。





ネット最強も順調に進み、決勝トーナメントも勝ち上がって
4強が出そろった。
日本から残ったのは「sai」と「akira」だけになっていた。

「とうとう、明日は塔矢とか。ようやくだな、」

勲はそういったヒカルを不安げに見上げた。
ここ数日ヒカルは何を考えているか勲にはわからなかった。
妙に明るく振舞うこともあれば、勲に強くあたることもあった。
特に対局に関しては厳しく容赦なく勲が泣き出したことも何度も
あったほどだ。

そしてあれから塔矢先生からは1度も連絡がない。
「気になったことがあったらいつでも」と言われたが勲はヒカル
に『大丈夫だ』と言われてしまうと出来なかった。
連絡するにしても兄の目を盗むのは容易くない。

そんなこともあって勲はヒカルに聞いた。

「兄ちゃん、塔矢先生に電話しなくていいの?」

ヒカルは呆れたように笑った。

「対局前にか?」

「うん、」

「する必要なんてねえよ。あいつとは・・・そう碁盤で語ればいい。」

「へえ、何かカッコいいな、」

「カッコいいか?」

「うん、兄ちゃんと塔矢先生っていいなって思う。
ライバルとしても、親友としてもさ。」

『親友』と言ったあと勲は違和感を覚えた。
その違和感が何なのか、なんとなくはわかっている。
でも思い当たる言葉も見当たらなかった。

「ああ、」

ヒカルは少しさびしそうに笑うと勲に言った。

「勲、兄ちゃんの我儘もう少しだけ聞いてくれるか。」

「なんで、もう少しなんて言うんだよ!!ここまで来たら
オレ最後まで付き合うよ。」

勲が怒ったのでヒカルは誤魔化すように笑った。

「ごめん、勲悪かった、けど
これ以上は塔矢が言ってたようにリスクもあるからな、」

ヒカルはこの対局が終わったら勝敗に関係なく棋戦を降りるつもり
でいるのかもしれないと勲は思う。

けど、そんな事をしたら緒方先生との決着はどうするのだろう?
棋戦のルールを変えてまでsaiに兄に臨もうとしたのに、

勲はヒカルにどうしてもその後の事を聞くことができなかった。




翌、ネットを繋げ入室すると観戦待機者は5千を越し入場制限が
かかっていた。

すでにアキラは入室してヒカルを待っていた。
この対局を待ちわびていたのだろう。

それはヒカルとて同じで今ネットを通じてお互いの強い意志
を感じている。


意地と意地、智慧と智慧、
互いを超えぶつかり合える
この勝負オレも負けられねえから。
お前の想い全力で受け止めてやる。

オレの全身全霊をすべてぶつける。
対局開始とともにその空間は二人だけのものになった。






「この形・・・。」

見覚えがない同型反復。それが詰まった感じで勲は
気持ち悪さを覚えた。

「右上4ノ六」

それに返してきたアキラにヒカルは手を止めた。
アキラも先ほどからとっくに気づいてる。

「ダメだな・・・。」

ヒカルのつぶやきに勲は振り返った。
ヒカルが負けているとは思えない・・・が、

「長生だ。」

勲は長生というのを聞いたことがなかった。

「ちょうせいって?」

「つまり決着がつかない形ってことだ。」

「引き分けって事?三コウだけじゃないんだ。」

「ああ、長生は三コウよりも頻度が低くて10万局に1局程度
と言われてる。」

勲はそう言われて気づいた。
確かにこれでは決着がつかない。
気持ち悪い形だと思ったのはそのせいだったのだ。

「じゃあこの対局は無効試合になるの?」

「いいや、」

ヒカルは小さく首を横に振ると静かに言い放った。

「投了する。」

勲はヒカルの言葉に耳を疑った。

「どうして?兄ちゃんも塔矢先生もこの対局に賭けてたんだろ、
そんなの塔矢先生も納得しないに決まってる!!」

「勲、どの道オレは塔矢に勝ってもこの先には進めない。だから
いいんだ。」

「でも・・・なんで、だったら今までやってきたんだよ!!」

勲は納得できなくてマウスを握ることが出来なかった。
ヒカルの持ち時間がカウントを始め秒読みになる。
ヒカルは残る力で勲の手に自分の手を添えた。
自分の力じゃない力が加えられ勲は抗おうとしたが出来なかった。

「勲、ありがとう。」

「兄ちゃん!!」


画面にsaiの投了が流れた。




その瞬間観戦者から湧き上がったブーイングの声が勲には
確かに聞こえた。


ネットの向こうアキラはその画面を信じられない思いで見ていた。


「なぜ?進藤投了なんて、絶対に許さない!!」

アキラは画面に叫ぶように声を上げキーボードを叩いた。

>今の対局は無効試合のはず。打ち直しを要請します。

チャットを通じてアキラの怒りが伝わってくる。

「投了した手合いがひっくり返るわけないだろ?
そんなのは基本中の基本だ。」

ヒカルは盤面を見て寂しげに笑った。

「最期の対局がお前と『長生』なんて皮肉だよな。」

今まで何千、何万と打って初めてみた。

「けど悔いはない、」

ヒカルはそう言うと静かに目を閉じた。
急速に時間が無くなって行くのがわかる。



もう少し、ホンの少しでいい。、
神様お願いです。オレの魂をここに、長らえてください。
塔矢に会いたい、


『勲、オレの最期の我儘聞いてくれねえか?』
     
                                   22話へ


緋色のつぶやき
なかなか思うように文章にならなくて難しかったです。
次は気持ちを溜めて書きたいです。





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