勲は目が覚めたとき今の状況がわからなかった。
ホテルに泊まっていたのは覚えている。
が勲が寝ていたのはこんなに大きなベッドではなかったし
部屋もこれほど大きくはなかった。
隣のベッドを見るとヒカルが眠りこけていて勲はますます首をかしげた。
「兄ちゃん、兄ちゃんって」
ヒカルに声を掛けても全く起きそうになく勲はため息を吐いた時
勲が起きたのを感じて支度をしていたアキラが隣の部屋
から顔を出した。
「塔矢先生?どうして、」
「すまない、昨日君のお兄さんと話をしたんだけどそのままこの部屋で
寝てしまって。」
「そっか、兄ちゃん塔矢先生と話できたんだ。」
勲は少し嬉しそうだった。
アキラは気になったことを聞いた。
「勲くんはお兄さんに体をのっとられるのは嫌じゃないの?」
「う〜ん。乗っ取られて勝手なことされるのは嫌だけど。
兄ちゃんはそんなことしないだろうし。
オレが兄ちゃんの立場だったらやっぱり誰にも気づいてもらえないなんて
寂しいと思う。
それに塔矢先生は事情を知ってるし。」
それを聞いてアキラは少し安心した。それと同時にそのうち勲にヒカルとの
関係も知られてしまうだろう杞憂も感じた。
「それよりオレここで寝ちゃったんだよな。伊角先生心配してるんじゃ」
勲は気づいて慌てて部屋から飛び出そうとした。
「大丈夫だよ。伊角さんには僕から連絡しておいたから。」
「そうなの?」
「君のお兄さんにも言われたしね。ただ伊角さんには
僕がお願いして勲くんに部屋に来てもらった事になってるんだ。」
勲は事情を察して頷いて隣のベッドを見た。
「じゃあオレそろそろ戻らないと。」
「伊角さんが7時半に迎えに来ると言ってから、僕も勲くんを
そろそろ起こそうと思ってたんだ。」
時計を見るとまもなく7時半になろうとしていた。
「えっと・・・、」
勲は困ったように頭を掻いた。
「兄ちゃんがまだ寝てる。」
勲が示したのはツインだったもう一つのベッドでそれはアキラが寝ていた
ベッドだった。
「お化けでも睡眠を取るんだ。」
「うん、兄ちゃんよく寝るよ。朝は苦手だし」
アキラは思わず笑った。
「それじゃあ生きてた時と変わらないな。」
「置いていくことは出来ないの?」
「少しぐらいだったら離れても大丈夫だけど、あんまり離れるのは・・・。
前に兄ちゃん『学校行くのが面倒っ』て留守番したことがあった
んだけど碁盤に戻されてたんだ。」
「碁盤に戻される?」
アキラには皆目わからないことだった。
「うまく言えないんだけど・・・。オレが初めて兄ちゃんにあった碁盤に
戻されてた。」
「それは家にある碁盤なの?」
「ううん、爺ちゃんちの蔵の碁盤。兄ちゃんが居なくなったってオレ
すげえショックであちこち探したんだ。」
「君のお兄さんは祖父の碁盤を憑代にしてるということかな?」
「う〜ん。オレにはよくわからない。兄ちゃんもわからないって言ってたし。」
勲の話は突拍子なくて俄かに信じられるものではなかったがこう色々
目の当たりにするとアキラもあまり驚かなくなっていた。
「そうなんだ、でもここは同じ館内だしもう少し寝かせてあげてもいいん
じゃないかな?」
アキラにはこの時ヒカルはもう実は起きているのではないかと思っていた。
でなければそんな重要なことほっておくとも思えない。
「うん、この間のイベントの時もそうだったし今日も大丈夫だと思う。」
そう言ってる間にも部屋をノックする音がした。
「ひょっとして伊角先生?」
「そのようだね。」
トコトコ駆けていく勲が扉を開ける前に言った。
「先生これから対局なのに兄ちゃんの事・・・。」
「大丈夫だよ。それに進藤のお化けなら僕は大歓迎だ。」
勲はそれを聞いて目を丸くした。
「本当に?」
「ああ。本当だから。」
「先生にも兄ちゃんが見えたらよかったのにな。」
そう言ってくれた勲の気持ちがアキラは嬉しかった。
「僕もそう思うよ。」
アキラはそう言って扉を開けた。
そこには心配そうに立つ伊角がいた。
「塔矢、大事な手合い前にすまなかった。」
伊角はそう謝ったが謝罪するのはアキラの方だった。
「いえ、僕の我儘で勲くんを引き留めてしまったんです。
だから謝るのは僕の方です。」
今回の事で伊角に迷惑を掛けたと思われたらもう2度と
こんな機会はないかもしれなかった。だからアキラは
どうしても伊角に誤解だけはされたくなかった。
「勲くん昨夜は僕に付き合ってくれてありがとう。」
勲は照れ臭そうに笑ってアキラに言った。
「オレ塔矢先生を応援してるから、」
伊角がそれに顔をしかめた。
「勲、立会人は公平な立場じゃないとダメなんだぞ。」
「うん、わかってる。でもオレやっぱ言いたかったし、」
「ありがとう、」
アキラは勲の髪をぽんぽんと撫でた。
伊角は小さく溜息を吐いてほほ笑むと勲の肩を抱いた。
「それじゃあ勲戻って朝ごはんでも食べに行こうか?」
「はい。」
もしかしたら伊角は何か思う所もあったかもしれなかったが
何も言わないでいてくれた。
アキラは勲と伊角を見送った後寝室に戻った。
勲がヒカルが寝ていると言ったベッドを見た。
まだそこにヒカルがいるかどうかアキラにはわからない。
が、アキラはこのベッドに腰掛けた。
「進藤起きてるんだろ?」
待っても帰ってこない声に苦笑してアキラは言葉を続けた。
「昨夜僕は君と一緒に寝たんだな。道理で・・・。」
気づかなかった。でも何か優しい夢を見たような気がするのだ。
それを思い出すことは出来なかったが・・・。
「ありがとう。」
そう声を掛けてアキラはベッドに覆いかぶさった。
ヒカルはベッドにまだいたしアキラの言葉を聞いていた。
だから動くことができなかった。
覆いかぶさってきたアキラの位置はヒカルから少しずれていて
それを修正するようにヒカルは体を動かした。
合ったはずの視線が通り過ぎる。
アキラの髪が頬がヒカルの肩にかかり
それは素通りしてヒカルの体の中で止まった。
「進藤・・・。」
まるでアキラに体の中から呼ばれてるような気がして
ヒカルは笑ってその腕をアキラに回した。素通りしてもいい。
少しでもオレを感じて欲しい・・・と思う。
今ヒカルがアキラを感じているように。
「お願いだ。未練を消さないでほしい。どんな姿になってもいい。
勲くんの傍でいいから君にいて欲しいんだ。君を失いたくない。」
アキラのその告白はヒカルの胸を熱くした。
「もうあんな思いをしたくないんだ。」
親も恋人も、そして残した者たちにどれほど辛い想いをさせたろう。
佐為に残されたヒカルだから尚その辛さは痛感できる。
でもそこから立ち直り己の人生を生きて欲しいとも願ってた。
自分のことなど忘れて(忘れなくても思い出に変えて)生きて行って
欲しかったのに。
どうしてヒカルはこんなにもアキラを愛おしいと思うのだろう。
「離れたくない」と思ってしまうのだろう。
ヒカルはアキラの唇にそれを重ねた。
その瞬間アキラの腕の力が込められる。
「お前お化けに成仏するな、なんて矛盾だって。それにどうにもならない事
があるって知ってるだろ?」
そうオレが病気に勝てなかったように・・・・。
ヒカルは自笑するように笑った後つぶやいた。
「もう、そうオレは長くない・・・」っと。
17話へ
ホテルに泊まっていたのは覚えている。
が勲が寝ていたのはこんなに大きなベッドではなかったし
部屋もこれほど大きくはなかった。
隣のベッドを見るとヒカルが眠りこけていて勲はますます首をかしげた。
「兄ちゃん、兄ちゃんって」
ヒカルに声を掛けても全く起きそうになく勲はため息を吐いた時
勲が起きたのを感じて支度をしていたアキラが隣の部屋
から顔を出した。
「塔矢先生?どうして、」
「すまない、昨日君のお兄さんと話をしたんだけどそのままこの部屋で
寝てしまって。」
「そっか、兄ちゃん塔矢先生と話できたんだ。」
勲は少し嬉しそうだった。
アキラは気になったことを聞いた。
「勲くんはお兄さんに体をのっとられるのは嫌じゃないの?」
「う〜ん。乗っ取られて勝手なことされるのは嫌だけど。
兄ちゃんはそんなことしないだろうし。
オレが兄ちゃんの立場だったらやっぱり誰にも気づいてもらえないなんて
寂しいと思う。
それに塔矢先生は事情を知ってるし。」
それを聞いてアキラは少し安心した。それと同時にそのうち勲にヒカルとの
関係も知られてしまうだろう杞憂も感じた。
「それよりオレここで寝ちゃったんだよな。伊角先生心配してるんじゃ」
勲は気づいて慌てて部屋から飛び出そうとした。
「大丈夫だよ。伊角さんには僕から連絡しておいたから。」
「そうなの?」
「君のお兄さんにも言われたしね。ただ伊角さんには
僕がお願いして勲くんに部屋に来てもらった事になってるんだ。」
勲は事情を察して頷いて隣のベッドを見た。
「じゃあオレそろそろ戻らないと。」
「伊角さんが7時半に迎えに来ると言ってから、僕も勲くんを
そろそろ起こそうと思ってたんだ。」
時計を見るとまもなく7時半になろうとしていた。
「えっと・・・、」
勲は困ったように頭を掻いた。
「兄ちゃんがまだ寝てる。」
勲が示したのはツインだったもう一つのベッドでそれはアキラが寝ていた
ベッドだった。
「お化けでも睡眠を取るんだ。」
「うん、兄ちゃんよく寝るよ。朝は苦手だし」
アキラは思わず笑った。
「それじゃあ生きてた時と変わらないな。」
「置いていくことは出来ないの?」
「少しぐらいだったら離れても大丈夫だけど、あんまり離れるのは・・・。
前に兄ちゃん『学校行くのが面倒っ』て留守番したことがあった
んだけど碁盤に戻されてたんだ。」
「碁盤に戻される?」
アキラには皆目わからないことだった。
「うまく言えないんだけど・・・。オレが初めて兄ちゃんにあった碁盤に
戻されてた。」
「それは家にある碁盤なの?」
「ううん、爺ちゃんちの蔵の碁盤。兄ちゃんが居なくなったってオレ
すげえショックであちこち探したんだ。」
「君のお兄さんは祖父の碁盤を憑代にしてるということかな?」
「う〜ん。オレにはよくわからない。兄ちゃんもわからないって言ってたし。」
勲の話は突拍子なくて俄かに信じられるものではなかったがこう色々
目の当たりにするとアキラもあまり驚かなくなっていた。
「そうなんだ、でもここは同じ館内だしもう少し寝かせてあげてもいいん
じゃないかな?」
アキラにはこの時ヒカルはもう実は起きているのではないかと思っていた。
でなければそんな重要なことほっておくとも思えない。
「うん、この間のイベントの時もそうだったし今日も大丈夫だと思う。」
そう言ってる間にも部屋をノックする音がした。
「ひょっとして伊角先生?」
「そのようだね。」
トコトコ駆けていく勲が扉を開ける前に言った。
「先生これから対局なのに兄ちゃんの事・・・。」
「大丈夫だよ。それに進藤のお化けなら僕は大歓迎だ。」
勲はそれを聞いて目を丸くした。
「本当に?」
「ああ。本当だから。」
「先生にも兄ちゃんが見えたらよかったのにな。」
そう言ってくれた勲の気持ちがアキラは嬉しかった。
「僕もそう思うよ。」
アキラはそう言って扉を開けた。
そこには心配そうに立つ伊角がいた。
「塔矢、大事な手合い前にすまなかった。」
伊角はそう謝ったが謝罪するのはアキラの方だった。
「いえ、僕の我儘で勲くんを引き留めてしまったんです。
だから謝るのは僕の方です。」
今回の事で伊角に迷惑を掛けたと思われたらもう2度と
こんな機会はないかもしれなかった。だからアキラは
どうしても伊角に誤解だけはされたくなかった。
「勲くん昨夜は僕に付き合ってくれてありがとう。」
勲は照れ臭そうに笑ってアキラに言った。
「オレ塔矢先生を応援してるから、」
伊角がそれに顔をしかめた。
「勲、立会人は公平な立場じゃないとダメなんだぞ。」
「うん、わかってる。でもオレやっぱ言いたかったし、」
「ありがとう、」
アキラは勲の髪をぽんぽんと撫でた。
伊角は小さく溜息を吐いてほほ笑むと勲の肩を抱いた。
「それじゃあ勲戻って朝ごはんでも食べに行こうか?」
「はい。」
もしかしたら伊角は何か思う所もあったかもしれなかったが
何も言わないでいてくれた。
アキラは勲と伊角を見送った後寝室に戻った。
勲がヒカルが寝ていると言ったベッドを見た。
まだそこにヒカルがいるかどうかアキラにはわからない。
が、アキラはこのベッドに腰掛けた。
「進藤起きてるんだろ?」
待っても帰ってこない声に苦笑してアキラは言葉を続けた。
「昨夜僕は君と一緒に寝たんだな。道理で・・・。」
気づかなかった。でも何か優しい夢を見たような気がするのだ。
それを思い出すことは出来なかったが・・・。
「ありがとう。」
そう声を掛けてアキラはベッドに覆いかぶさった。
ヒカルはベッドにまだいたしアキラの言葉を聞いていた。
だから動くことができなかった。
覆いかぶさってきたアキラの位置はヒカルから少しずれていて
それを修正するようにヒカルは体を動かした。
合ったはずの視線が通り過ぎる。
アキラの髪が頬がヒカルの肩にかかり
それは素通りしてヒカルの体の中で止まった。
「進藤・・・。」
まるでアキラに体の中から呼ばれてるような気がして
ヒカルは笑ってその腕をアキラに回した。素通りしてもいい。
少しでもオレを感じて欲しい・・・と思う。
今ヒカルがアキラを感じているように。
「お願いだ。未練を消さないでほしい。どんな姿になってもいい。
勲くんの傍でいいから君にいて欲しいんだ。君を失いたくない。」
アキラのその告白はヒカルの胸を熱くした。
「もうあんな思いをしたくないんだ。」
親も恋人も、そして残した者たちにどれほど辛い想いをさせたろう。
佐為に残されたヒカルだから尚その辛さは痛感できる。
でもそこから立ち直り己の人生を生きて欲しいとも願ってた。
自分のことなど忘れて(忘れなくても思い出に変えて)生きて行って
欲しかったのに。
どうしてヒカルはこんなにもアキラを愛おしいと思うのだろう。
「離れたくない」と思ってしまうのだろう。
ヒカルはアキラの唇にそれを重ねた。
その瞬間アキラの腕の力が込められる。
「お前お化けに成仏するな、なんて矛盾だって。それにどうにもならない事
があるって知ってるだろ?」
そうオレが病気に勝てなかったように・・・・。
ヒカルは自笑するように笑った後つぶやいた。
「もう、そうオレは長くない・・・」っと。
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