モノトーン

23

 
     





アキラは暗闇の自室に電気も付けずそのまま壁にもたれこんだ。
アキラはヒカルの言動に一喜一憂している事をとうに自覚していた。
ネットのsaiはヒカルだ。
そう断定したのは彼の部屋に並べられた棋譜を見た時からだ。
もしかしたら、ただネットで観戦しただけかも・・・微かによぎった
想いも今はない。


彼と見上げた星空、触れた指を思いだし震える。

 『アキラとこうやっていつまでもいられたらいいのにな』
そうヒカルが呟いた声が繋いだ指からアキラの胸を襲い、苦しくなった。
なのに、あの痛みを今もまだ感じようとしてる。

「だったら君が僕の世界に来ればいい」
壁をドンと叩きつけてアキラは項垂れる。
あれほど打てるのに、君はその自覚すらないのだろう。
アキラは怒りに似た思いで拳を握る。

色々な感情がアキラの中を巡り、辿りついた結論は出てる。

好きなのだ。
どうしようもなく、彼が・・・。

好きだからずっと一緒に居たいのだと望む。
けれどヒカルとアキラの望む世界は違う。それはお互いどうしたって譲れないだろう。

アキラは知っている。
ヒカルがスポットライトを浴び、輝く瞬間を、それがもっとも彼の場所であるのだろう。

君と僕は一緒には進めない。
ヒカルが「sai] である事を隠す理由もそこにあるのかもしれないと
思う。
一緒に居られるのはもう2か月もない。

昼間のコンサートでヒカルはアキラにキスをした。軽い気持ちでなければあんな事は出来ないだろうと憤りが先にたったが、あの瞬間アキラはヒカルを確かに感じていた。

暗闇に隣に続く壁を見る。
隔てた壁の向こうにいるヒカルがすでにアキラには遠く感じる。

後2か月、自分に出来ることは何だろう。
そして・・・その先の未来を思う。

迷うまでもない。自分の場所は碁界だ。
そう、プロ棋士が目指すその頂点だ、
アキラは突き刺す胸の痛みに静かに目を閉じた。






ヒカルは自室に入ると壁にもたれた。

胸の閊えるような痛みに顔を顰めた。
アキラと一緒に居てドキドキした熱い想いも今は静かに冷めてる
冷静さを取り戻したからこそ、今の自分を顧みることができるのかもしれない。


アキラはネットで佐為と打った一局を気にしていた。

沢山の人が登録してるネット碁で見つけ出すほど、アキラにとっては佐為は輝く存在なのだろう。

そう思うとますます沈んでいくようだった。
アキラが見てるのはヒカルではない。
最初からわかっていたはずだった。
佐為と対局するためにこの仕事も受けたのだから。
まっすぐに向かってくるアキラの瞳がまるで自分に向けられた
もののように勘違いしたのはオレだ。
それでもヒカルを見てほしかった。

ヒカルは自笑するように笑った。


「これじゃあ恋煩いだな」

そうつぶやいて胸を押さえた。
もうアキラを煩わせるような事は言わないでおこうと思う。

「この想いはオレの中で消化しねえと」

暗闇の中に響いた声にヒカルは我に返ったが、佐為の穏やかな寝息が聞こえるだけだった。

ヒカルはすっかりと冷えた体を温めるために布団に逃げ込むよう頭まで包まった。


あと、2か月・・・そう考えてまだ2か月、とヒカルは心の中で
言い直す。
オレのやれることがあるはずだ。

鼓舞するように言い聞かせるとヒカルは目を閉じた。


ヒカルが寝入りにつくのを待って佐為が起きたことなどヒカルは知らなかった。






翌日からアキラとヒカルは普段通り、撮影を再開し、東京のスタジオに戻ったり、ラジオや歌番組に出たりとスケジュールは多忙を極めた。

2週間経てようやく1日オフを貰える事になった日
布団に包まり気持ちよく朝寝をしていたヒカルは佐為に起こされた。

「ヒカル、ヒカル」

「もうなんだよ、今日はもちっと寝かせろよ」

「それが今、緒方社長と芦原先生が来られたんです」

「へっ?」

ヒカルは眠気眼で布団を押しやりベッドに座り込んだ。
寒さに無意識近く毛布を取る。

「どうして佐為がそんな事知ってんだ」

「窓からお二人がこちらに入られるのが見えたんです」

ヒカルは未だ働かない頭で考える。
そんな事スタッフから聞いてなかった。今日は役者だけでなく
スタッフも1日休みのはずだったし。
取りあえず身近にあったものを手に取り着り毛布の中で着替えた。

佐為に急かされるまま、扉を慌てて開けると扉の前にアキラが立っていた。
お互いに驚いて一瞬の間が流れた。

「あ、もう驚いたろ!!」

間を恐れれるようにヒカルはワザとらしく声を上げた。

「すまない、先ほど緒方さんと芦原さんが見えて、それで君を呼びに来たんだ」

「ああ、知ってる」

「ひょっとしてお二人が来ることを知っていたのか?」

ヒカルは何気なく言った言葉に内心『しまった』と思った。
佐為が憑くようになってからこういう事は日常になっていて、
だから気はつけてはいるのだが・・・。

「あっその、窓から見えて」

佐為に『だよな?』と目配せすると佐為が頭を抱えながら頷いた

「そう、疲れで君はまだ寝てるだろうと思っていたから」

ヒカルはそのまま後ろ手で戸を閉めた。

「アキラは二人が来た理由何か聞いたか?」

ただの視察なら緒方だけで来るような気がする。

「いや、何も聞いてないけど」


二人一緒に階段を降りると緒方と芦原は食堂で話をしていた。



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