モノトーン

22

 
     





打ち上げはペンションの屋内と屋外を使ったバーベキューだった

気を使うものではなかったが、アキラとの距離感は微妙でもどかしさがどこか残り、心から楽しむ事は出来なかった。

部屋に戻ると佐為と検討していた棋譜が碁盤に残っていた。
バーベキューでは気を使って少し遠巻きにしていた佐為も今はヒカルの目の前にいる。

流石に片づけないと佐為に何か言われそうだと思い、しゃがみこむ。
石を片付けようとして『はっ』とした。

「あれ、オレここに石置いたっけ?」

【止めとなる一手】は置かなかった・・・と、思う。
がそこに石を置かなければ気持ち悪さがあった。

「さあ、どうだったでしょう」

「もう、お前も覚えてないのかよ」



一通り片付けた後『もう寝る』と佐為に断って電気を切りベッドに雪崩れ込んだものの、いつまでたっても眠れそうになかった。

しばらくしてヒカルは暗闇の中ベットから起き上がったが夜目の利く佐為は何も言わなかった。
もう寝たのだろう。

佐為を起こすわけにはいかず立ち上がり、暗闇の中をつたい部屋のベランダを開けた。
ヒカルの部屋には小さいながらバルコニーがついていた。

虫の音がそれほど遠くない場所から聞こえる。
手すりをつたいバルコニーから空を見上げると星が瞬いていた。




『ほう』

息を吐くと微かに白い息が出る。10月初めというのにここは
すでに初冬のように寒かった。


夜空は澄んでいて星空に引き込まれそうになる。
その時突然隣から声がした。

「ヒカル」

突然の声にヒカルは心臓が止まるんじゃないかと思う程驚いた。

「ア、アキラ?」

思わず隣のバルコニーを凝視する。暗闇で見えたのは動く輪郭だけだったがアキラもバルコニーにいるのは間違いなかった。

「もう、突然で驚くだろ!!びっくりしたじゃねえか」

アキラは『シー』と声を落とすように言った。
ヒカルは夜遅かったことを思いだし、声を落とした。

「いつからいんだよ」

「君が出てくる少し前だ。今夜はりゅうざ流星群が見られると
聞いたから」

「流星群?そうなのか?」

ヒカルが半信半疑でいるとアキラが『ほら』と少し興奮ぎみに声を上げた。

「えっ?」

ヒカルが見上げた時にはすでに遅く星が消えていくのだけが目の端に入った。

「あちゃー願い事言いそびれちまったな」

そういうと『クス』とアキラが笑った気配がした。

「何だよ。悪いか?」

「悪いとは言ってないだろう」

暗闇からとはいえ帰ってきたアキラの声にヒカルはほっとしていた。
コンサート後から感じていた距離感は今は感じない。
ただこのバルコニーのお互いの距離が邪魔なだけで。
そんな事を考えていたらアキラが息を呑んだような気がした。

「今から少し外に出ないか?」

「いいぜ、別に」

「じゃあ外で待ってる」

アキラが先に部屋に戻りヒカルは心臓がドキドキ高鳴っていくのを感じた。
その時流れ星がいくつも流れた。

ヒカルは祈るようにつぶやいた。

「アキラと、ずっと一緒にモノトーンでいたいんだ。
一緒に居られたら…」

叶わぬ望みなのだろう。アキラはそれを望んではいない
のだから。
でもヒカルは望んでる。アキラと一緒ならどんな事でも出来てしまう気がするのだ。
ヒカルは我に返ると慌てて部屋に戻ろうとしてベランダの縁で蹴躓いた。



「痛たあ〜!!」

『ヒカルどうかしたのです?』

ヒカルの声で起きた佐為の声にヒカルは『ごめん』と咄嗟に謝った。

「暗くて蹴躓いただけだから。大丈夫、それより佐為オレちょっと出掛けてくる」

「こんな時間にですか?」

「あー、ちょっとだけだし」

『ちょっと』と強調したのは1人でアキラに会いたかったからだ。

「わかりました。私は眠いので行きませんが、
気を付けてください。今しがたみたいに躓かないように」

佐為の言葉は親の小言のようでヒカルは苦笑した。

「ああ、わかった。わかった」

そのまま『スース―』と聞こえた佐為の優しい寝息にヒカルはほっとした。

ジャンバーを羽織りペンションの階段を降りると
アキラはすでに懐中電灯を持ち、ホテルの前で待っていた。

「ごめん、待ったか?」

「いや、それより今何度も星が流れたんだ」

「そうなのか?」

ヒカルが見上げたが、そこは静寂な瞬く星空だった。

「また見えるかな」

「今夜は観測日和だと聞いたから大丈夫だと思うよ」

アキラが歩きだし、ヒカルもその横を歩く。
アキラは歩きやすいように少し先を懐中電灯で照らしてくれた。

「どこまで行くんだ?」

「この先に少し開けた所があるだろう。そこまで行ったらもっと
見えると思うんだ」

アキラの声が息をすぐ傍に感じる。
優しく通るアキラの声に胸がくすぐられたようだった。
微かに触れた肩だけでもドキリとして歩を緩めそうになる。
けれど横を、一緒に歩いていたいのだ。

無言になると、何かを話さなければと思うのに、その言葉が
見つからない。
なのにずっとこうしていたいと思う。



林道をぬけるとアキラの言った通り、開けた場所に出てそこは少し高台で空を視界を覆うものはなかった。
そうすると、空から流れ星が落ちてきた。



『すげえ!!』

瞬きをする間さえない程に次々と流れては地平線に消えていく。
アキラが唾を飲み込む気配がした。

自然に触れた指が繋がれる。
温かな手のひらからヒカルの早い鼓動が伝わるのではないかと・・・ますます心音は加速していくようだった。

このままアキラにキスされそうな気がして、ヒカルも唾を呑みこんだ。

不謹慎だ。
コンサートの時あれほど嫌がっていたアキラがそんな事をするはずない。
邪心を払うようにヒカルは流れる星を仰ぎ、つぶやいた。

「アキラとこうやっていつまでもいられたらいいのにな」

繋いだアキラの手から僅かな動揺を感じた。
思わず声に出てしまった言葉にはっとした。
失言だったかもしれない。

「アキラ?」

アキラはそれに応えず、静かにヒカルの手を放した。
それが答えなのだろう・・・。
そんな気がして、ヒカルは泣きたくなる。


アキラもヒカルもただ言葉なくそこに立ちつくした。

「戻ろうか?」

アキラの声にヒカルはようやく我に返った。

「ああ、ごめん」




ヒカルがアキラに並ぶとアキラは少し躊躇したように話し出した。

「前に棋院に取材で行っただろう?」

「ああ」

「あの時君はネット碁に興味を持ったみたいだったけど、やってるの?」

いつか聞かれるだろうは思っていた。
タイミングは今までにもあったはずなのに、アキラは今まで聞いてこなかった。
さりげなさをアキラは装ったのかもしれないが、ヒカルは少し警戒して答えた。


「まあ、覗いては見たけど、忙しくてそれどころじゃねえって
いうか。それにオレああいうの苦手だし」

「じゃあ一度も対局せず?」

「ハンドルネームは登録はしたぜ。何局か観戦はしたけど。アキラは?ここ最近忙しいだろ、やってるのか?」

言い訳のようなカラまわりしてるような自身の声に焦りはある。

「撮影の合間に少し」

「撮影にPC持ってきたのか。すげえな」



『sai』

白い息と一緒にアキラがつぶやいた言葉にヒカルは胸が
止まりそうになった。

無視した方がいいのか?
それとも聞き返した方がいいのか?
どちらにせよ慎重にしなければならず、ヒカルは後者を選んだ。

「さいってなんの事だ?」

「君と棋院に行った日に登録されたハンドルネームだ」

「強いのか?」

「ああ、僕も打ったけど勝てなかった。君は彼の碁を
見なかった?」

「悪い、見てねえな」

「そう」


アキラの口調は少し強く、ヒカルは見透かされているような気がして、いたたまれなくなる。
もうこれ以上アキラに嘘はつきたくなかった。




いろいろと・・・。

お化けに寝息があるかどうかはわかりませんが、佐為はしそうなので書きました(笑)

それから、
こと座流星群の時期と場所は異なります(苦笑)
子供の時、田舎の山中で流星群をみたんですよ。
あの頃は知識もなく、流星群に時期や名前がある事も知りませんでしたが。とにかくずっと流れて星が『ここにも』落ちてくるかと思った事がありました(笑)



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