モノトーン

20

 
     





舞台裏で迎えてくれたスタッフにヒカルは『お疲れ様』と笑顔を振りまきながら足早に歩くアキラの後を追った。

「アキラ、お疲れ!!」

アキラは振り向かなかった。

「おい、アキラって!!」

ヒカルが歩幅を広げて詰め寄ると、人通りが減った所でアキラが
足を止めた。振り返ったアキラの表情は険しかった。

「君は何を考えてるんだ」

「何の話だよ、」

「ファンが喜べば君はどんなことでもするのか!!」

それでも周りに人の気配があったせいかアキラは小声で言ったが、相当に怒ってることだけは明白だった。

「ひょっとして、キスしたことか?別に男なんだし、そんな怒る事か?」

アキラの顔がますます高揚してヒカルがしまったと思ったのはその直後だった。
アキラはくるりと向きを変えると、何も言わずヒカルをその場に置いてまた歩き出した。


「おい待てよ、アキラ、・・・っ塔矢!!」

ヒカルが大声を上げたのでスタッフが何事かと振り返る。

「ヒカルくん、どうかしたの?」

「いえ、何もありません」

ヒカルが何か言う前に先を歩いていたアキラが落ち着き払って言った。
それが猶更ヒカルの心にドシンと重くのしかかった気がした。

「お疲れ様でした」

スタッフにねぎらいの言葉を掛け、アキラは何事もなかったように自身の控室へと入って行った。
ヒカルは途方に暮れたように足を止めた。




『ヒカル、今のは不味かったですよ』

佐為に窘められ、ヒカルは深く溜息を吐いた。

「わかってるよ。けどあれぐらいで普通怒るか?」

『そういう態度がいけないのです。ヒカルにとっては大した意味がなかったのかも
しれませんが、アキラくんはそうではないかもしれないでしょう?」

佐為に諭されヒカルはうな垂れた。

『それにヒカルは開き直って謝罪もしなかった』

「うっ」

ヒカルは声を詰ませた。佐為の言う通りだ。

だからってせっかく成功した初めてのコンサートであんなに怒らなくても
と思う。今はアキラとこの達成感を分かち合いたかったのに・・。

「わかったよ、ちゃんと謝罪する」

『心から謝罪すればきっとアキラくんも許してくれますよ』

ヒカルが通路で佐為と話してると、すっかり身支度を終えた伊角が
控室から出て来た。

「進藤お疲れ、アキラは?」

「あ、アキラなら、先控室に戻ったぜ」

先ほどの事もあり、ヒカルは伊角と目が合わせられず、しどろもどろになる。

「何かあったのか」

「何かって、なに?」

「立ち止まってぼっ〜としてたろ?」

『ハハハ』と乾いた笑みで誤魔化しながらヒカルは内心焦る。
ひょっとしたら伊角にアキラとのやり取りを見られたかもしれなかった。

「いや、その、ライブの後の余韻がまだ残ってて、夢みたいだったな、て」

「すごい盛り上がったもんな。まさか進藤がアキラにあのタイミングでキスするとわ、あの加賀が『あいつらやるな』って言って
たぐらい」

ヒカルは思わず吹き出した。
何も考えずに体が勝手に動いた事もあったが、改めて指摘されると照れも、恥ずかしさも感じた。
全く今更なのかもしれないが。

「あれはまあ、そのファンサービスで」

そう言った後、アキラへの申し訳なさもようやく感じたような気がした。
ヒカルにとっては軽い気持ちでも、そうではないのだという事
がだ。

「オレ控室戻らねえと」

「ああ、今日は夕方から打ち上げだしな」

「打ち上げって言っても撮影まだ終わってないのにな」

「でもライブの後ってそういうもんだろ。それに今日はオレたちスパークルと
モノトーンの記念すべき初ライブだし、こういうのはきちんとしておきたいだろ?
まあヒカルとアキラは飲酒は我慢だけどな」

「伊角さんも飲めないだろ?」

「ハハ、そうだった」


伊角は解っていて言ったのだろうが、どうにも少しズレている所があり、
ただそういう所に助けられることは多々あるのだが。
二人が話し込んでるとアキラの控室が開いた。
着替えを済ませたアキラが足早に出て行った。

伊角もヒカルも話しかけるタイミングがなかったほどだった。
それでヒカルは慌てた。

「オレも着替えしなきゃ」

「ああ、じゃあ、また後でな」








ヒカルはペンションの自室に戻ると深い溜息を吐いた。
このペンションはヒカルたち映画関係者が撮影の期間中借りきっており
館内にはスタッフしかいない。

アキラの部屋はヒカルの隣だが、先ほどノックした時は反応もなく部屋にはいない
ようだった。

アキラはヒカルを待たずに、会場からここに戻っていた。
会場から出てくるときだって、待ち伏せのファンに囲まれたがヒカルだけ出てきたファンの
テンションは決して高くなかった。

『はあ』ともう1度溜息を吐きヒカルはベッドに横になった。
疲れも感じたし、少し横になった方がいいかもしれなかった。
そう思って目を瞑ったが疲れは感じているのに一向に睡魔は
訪れなかった。

「ヒカル寝れないんでしょう?」

先ほどから寝返りを繰り返すヒカルが寝ていない事を佐為は気付いていたようだった。

「ああ、なんか色々考えてさ」

「だったら碁でも打ちませんか?」

「碁?」

なぜこの場で碁を打とうなどと佐為が提案したのかわからず
ヒカルは起き上がって佐為を見上げた。

「今ヒカルはアキラくんの事で頭がいっぱいなのでしょう?
そういう時は気分転換もいいものです」

ヒカルは部屋の時計を見上げた。
『打ち上げ』までまだ2時間以上あった。

「わかった。けどオレ疲れてるから、手加減しろよ」

「ええ、わかりました」

ヒカルは立ち上がると携帯碁盤を出したが、ふと思い起こして佐為を
振り返った。

「やっぱり大きい碁盤で打ちてえよな」

「あるんですか?」

「撮影用のがあったと思う。取ってくるよ」


                          
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