アキラは心を落ち着けるため棋譜並べをしていたが、その手を
止めた。
集中できていない事に小さく溜息を吐く。
映画撮影は順序通りと言うわけにはいかない。
天候や他の出演者のスケジュールもあり、時間系列がごっそり
逆になることもあった。
特に今日のように観客を巻き込んだ撮影は動かしようがない。
アキラとヒカルが演じるのは小6から高1までで、その都度自分たちをその状況に追い込んでいく必要があった。
アキラは控室に映し出されたモニターをみつめた。
モニターには来場した客席の様子が映っていた。
屋外の会場は満員御礼だった。
ヒカルとアキラはまだ売り出し始めて間のないし、
映画の撮影が始まったといえ、知名度もまだまだ低い。
今日は対バンに『SPARKLE』の演奏と映画の撮影も兼ねており
どちらかと言えばそちらの方の目当てが多いのかもしれない。
が・・・。映画ではそれらの観客も「monoton」
に引き込まなければならない。
流石にアキラも緊張が走る。
まもなく開演マジかになりアキラは目を閉じ、手を胸に置いた。
ややあって『トントン』と部屋をノックする音にアキラは
目を開けた。
『アキラくん、出番です』
「はい!!」
時は満ちた。
後はヒカルを迎えに行くだけだ。
アキラはまだ石が並べられた碁盤に一瞬目を移した後、
立ち上がった。
控え室から会場に向かう途中の廊下にヒカルが立ち尽くし
ていた。
その瞳には僅かに涙が浮かんでいた。
アキラはふっと短い吐息を吐いた。
「すまない、君を待たせた」
「来ると信じてた」
「練習は?」
「デモテープの・・・お前の音聞いて1人で毎日やったぜ」
このシーンの撮影は後日撮る事になっていた。
けれど、アキラは胸に熱いものがこみ上げる。
軽く抱いたヒカルの肩は少し震えていた。
「ヒカル行こう」
「ああ」
二人で昇降口の向こうに飛び出すと、青空にまで響くのではないかという歓声に包まれた。
ヒカルはマイクを握った。
「今日はモノトーンの初ライブ兼映画撮影に来てくれてありがとうございます。
オレがヒカルでこっちがアキラです。
オレたち一所懸命やるんで、楽しんでいってください。
そして一緒に映画を盛り上げてください!!」
キャーという声の中に『ヒカル』『アキラ』という声援が入り混じる。
子供のころからこの世界にいたヒカルはまだしも
まだ無名で知名度などないと思っていたアキラはこの雰囲気に気圧されそうになる。
ヒカルがアキラに変わるようにこちらを見てマイクを握ったが、気遅れたアキラはタイミングを計れなかった。
「えっと、アキラは今日初体験なんだ。だから不慣れだけど、勘弁してくれよな」
どっと会場が笑いにこぼれたと同時に、拍手と「アキラ!
アキラ!」という声援が会場に こだまする。
アキラは観客にもヒカルにも背を押してもらったような気がした。
「はじめまして、モノトーンのアキラです。モノトーンはこの映画限定のバンドで、だからこそ僕もヒカルもこの一瞬を大切にしたいと思っています。
この瞬間・・・皆さんと一緒に居られることを、一緒に映画を作れる事に感謝しています」
アキラの最後の声は歓声でかき消された。
二人は同時に腕を振り下ろすと曲が始まった。
モノトーンが映画に使う楽曲は5曲(うちバージョン違いが1曲)でそれは全て今日演奏することになっていた。
3曲目の後、対バンの「SPARKLE」が登場し2曲披露、その後モノトーンにもう1度 戻ってくることになっていた。
3曲目を終え、袖で伊角たち3人とすれ違った。
手を上げると伊角がパンっとヒカルとアキラの手を叩いて、冴木はウィンクして横をすり抜けて行った。
加賀は『お前らに負けねえからな』と凄んでいたが、相変わらずの悪態も今はとても心地よかった。
それほどに高揚していた。
だが物思いにふける暇はない。
次の出番に備え、衣装替えしなければならなかった。
ヒカルとアキラは一端別の控室に入った。
衣装替えもあって大忙しだが、衣装係もメークも手慣れたものだった。
ヒカルは興奮冷め切らぬ想いで傍にいた佐為を見上げた。
『どうだった?』
「もう最高でしたよ。私も袖でキャーキャー言ってました」
「ええ?佐為が?」
ヒカルは佐為のキャーキャーいう姿が想像出来なかった。
見てみたい気もしたが次の出番でもそんな余裕はないだろう。
「アキラくん少し泣いてましたよ」
『ええ、いつ?汗が涙に見えたとかじゃなく』
「1曲目の『monoton』の時です。感極まったんでしょう」
『あはは、まだこれからなのに』
「そうかもしれませんが、アキラくんにとって1曲、1曲が、この一刻も一期一会なんです。
演奏する前に言ってたでしょう。映画限定のバンドだからこそ大切にしたいって」
「そうだよな。オレも自分のグループで出るなんて初めてだし、
緊張もしたし、歌って最高だったし。
けどいつだってそういう気持ちでいないとな」
「ええ、『初心忘るべからず』です」
佐為と話してる間にすっかりと支度を整えたヒカルは鏡台から目を上げた。
「アキラ準備できたかな」
今は少しでもアキラと一緒に居たい気持ちだった。
後2曲はもっとアキラと絡もうと思いながら、立ち上がった。
2度目はアキラと手をつないで再登場した。
これが思った以上に観客を沸かせ、先ほどとまた違った黄色い声とどよめきが上がった。
「なっオレのアイデアよかったろ?」
得意げなヒカルにアキラは何も言わず苦笑した。
アキラの手は少し汗ばんでいた。
4曲目はしっとりしたバラードで二人とも楽器の演奏はなく
歌だけだった。
ラストは1曲目にも演奏した「monoton」の別バージョンだった。
前奏をギターでかき鳴らすと観客は全員スタンディングで手拍子を叩いた。
間奏の間にヒカルがアキラの元に行くと、アキラもそれに応えるように頬を寄せた。
そのタイミングでヒカルはアキラの頬にキスをした。
アキラは一瞬何が起こったのかわからなかったようにヒカルを一瞬見た。
「きゃあーヒカル」「アキラ!!」
瞬間会場は演奏がかき消されるほどの絶叫があちこちで湧き上がる。
会場の興奮は最高潮に達し、その日高揚感を残したままコンサートは幕を閉じた。
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