背中に投げかけられた言葉を
振り切るように外に出ると熱い日差しが降りかかる。
ヒカルは帽子を深くかぶり、そのまま地下道へと逃げ込んだ。
ヒカルは口をへの字に結び、拳を握りしめた。
どうしようもないやるせなさや、不甲斐なさやらが押し寄せ
人ごみを避けるように立ち止まる。
アキラの想いはヒカルに届いてる。
「ヒカル、どこに行くんです?」
佐為に聞かれても今は思いつく先はない。
ただ家に帰りたい気分でもなく、
今日はこれで仕事もなく佐為は碁会所なりきっと囲碁を
打つのを楽しみにしていたに違いない。
返事を帰さずそのまま歩き続けると佐為も何も言わずついて
きてくれた。
気が向いて乗った地下鉄も自宅とは反対の方面で数駅やりすごし降りた駅もよく知らない場所だった。
駅を降りヒカルは炎天下の高層ビルを見上げた。
隣りに居た佐為もそうやってビルを見上げていてヒカルは
可笑しくなって『くすっ』と笑った。
「ようやく笑いましたね」
「ごめんちょっとさ、今帰る気分じゃねえんだ」
「そういう時もあります。ヒカルは一人になりたい時も
1人になれませんし」
ヒカルは珍しく佐為が自分に気を使っているのだとわかる。
「けど1人で居たくない時に佐為がいてくれるだろ?」
佐為はヒカルの頭を子供のように撫でた。それはすり抜けて
しまうのだが、なんとも恥ずかしいような嬉しいような、そんな
くすぐったさがあった。
「佐為いっちょやってみるか?」
ヒカルが指差す方を佐為は見上げその看板を読む。
「個室完備、インターネットカフェ?あれの事ですか」
「ああ、あれ、オレも初めて行くからどんな所か良く知らねえんだけど、囲碁も打てるみたいだぜ」
「あそこで囲碁が打てるんですか?」
「まあお前が考えてるのとはちっと違うかもしれねえけど。もしかしたらアキラとも打てるかもしれねえし」
「本当ですか?」
アキラはおそらく今日ネット碁を打つだろう。ヒカルに挑発したのだから。
佐為は目を丸くしてヒカルの周りを飛び跳ねる。
「お前って本当に現金だよな、まあ今日はとことん付き合ってやるよ」
「楽しみです!!」
ヒカルは受付で個室を選び中に入る。
狭く薄暗がりの部屋に佐為は不安げに中を見回す。
「こんな所で本当に碁が打てるのですか?」
「まあ、ちょっとそこで待ってろって」
棋院でもらった説明書を片手に
慣れないパソコンと格闘しながら、ヒカルはたどり着いた
GOGONETに興奮気味に声を上げた。
「これがネット碁、佐為世界中の人と対局出来るって!!」
「さっき棋院でアキラくんが言ってたあれの事ですか?
でも世界中って?」
「電話でも離れた奴と話すことが出来るだろ?ああいう感じ
だって、日本だけじゃなくて、世界中の人と繋がるんだぜ、
すごいだろ、」
佐為はPC画面にかじりつくように見る。
「これで、世界中の人と対局?」
佐為が半信半疑なのは良くわかる。現在っ子のヒカルでも
よくわかっていないのだから。
ヒカルはあえて二つのハンドルネームを登録した。
「sai」と「hikaru sin.」の二つのハンドルネームだ。
ヒカルのハンドルネームはすでにいくつか登録があってこれしか作る事が出来なかった。
フルネームは流石に不味い気がしたし、
だがこれで十分だ。アキラにさえわかればいいのだ。
「これで『よしっ』と、佐為お待たせ!!強い奴がわんさかいる
みたいだぜ」
「はい、やってみます!!」
4局をこなしsaiは全て白星だった。
高段クラスに勝つといっきにsaiのランクは上がった。
打つのに疲れたヒカルがソファに沈む。
「佐為って、やっぱ強えよな。オレの思いつかない手ばかりだ。
4局目って韓国のプロって表示されてたぜ?
それをあんなに簡単にのすんだから」
「簡単ではありませんでしたよ」
佐為も流石に疲れたのかヒカルと同じようにソファに腰を下ろした。
「・・・でも今とても胸が高揚して、ドキドキしています」
「お化けでも、胸がドキドキするのか?」
「今不思議と生きてる、と実感してるんです。
私の生きていた時代には
漢や百済の国の人と対局するなんてとても至難
でした。それが出来るなんて夢のようです。
それに私自身が今この時も強くなってると実感するのです。
ヒカルのお陰です」
そんな風に言われるとヒカルは何とも照れ臭かった。
「はは、そんな事言ってっと成仏するんじゃねえ」
ヒカルと佐為が会話してる間にもPC画面から何度も受信音が鳴る。
佐為への対局申し込みが来てるのだ。
ヒカルが画面を見るとすでに画面に並びきれない程の対局申し
込みが入っていた。
「すげえな。佐為と対局して欲しいって人がいっぱいだぜ?」
ヒカルはその一つ一つの名前と対局成績、ランクを見る。
限られた時間内ならば、佐為には出来るだけ強い奴と打たせて
やりたかった。
そう思って画面を見ていたヒカルのマウスを持つ手が止まった。
「佐為来たぜ、アキラだ!!」
対局申し込みに「AKIRA TOYA」のハンドルネームがあった。
ヒカルの予想通りだ。
これでアキラの望み通り佐為と打たせてやれる。
「佐為、アキラと打つだろ?」
「もちろんです。彼の想いに応えなければなりません」
「ああ、佐為とアキラの対局すげえ楽しみだ」
「ヒカルの想いにも応えないといけませんね」
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