モノトーン

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ヒカルの背を追いながら、アキラは内側から込み上げてくる
想いに縛られる。

なぜこれほどまでに彼に固執するのか、アキラ自身わからなかった。

映画モノトーンの話が緒方から出された時もそうだった。
判断したのはアキラ自身他ならないが、
普段のアキラなら絶対に断っていたはずだ。

引き受けた以上、やり通す・・・。
始めはその思いだけだった。
だが今ふつふつと湧き上がってくるのは
この役を誰にも譲りたくないという強い想いだった。

ヒカルと二人『モノトーン』であることが誇らしくかけがえない時間
なのだ。
限りあるこの時間だから愛おしく思う。

恐らく・・・。
緒方がアキラを配役に選んだのもそういう狙いがあったのではないか、とさえ今は思える。

アキラは深く溜息を落とす。



ヒカルはネット碁に来るだろうか?
ヒカルはネット碁に興味を抱いていた。

だが、アキラと対局することを殊更避けている気がする。
その理由がアキラにはわからなかった。
それでも構わなかった。
もし対局することが敵わなくとも彼の碁を見ることが出来るなら。


アキラは自宅に帰ると早々自室のPCを立ち上げた。
当日の新規者・日本人に明らかに一人ずば抜けて強いものがいた。

JAP  「sai」


アキラは対局中の画面を開いた。
観戦者は100を超えていた。
チャットでは『日本のプロ』だろうと言う声が上がっている。

初手から手順を追いアキラは体の血が沸騰するような
感覚を覚えた。

強い、それにこの感じ・・・。

ヒカルと打った碁を彷彿させた。
遥か高みから全てを見透かすように打つ手があの時の
ヒカルと重なる。

『まさか君なのか?』

アキラは『sai』の対局を4局観戦し、そうして対局を申し込んだ。
観戦だけでは量る事ができないなら対局するしかない。

『sai』はアキラを選ぶのか?
待つこと数十秒、マウスを持つ手が僅かに汗ばんだ。

saiはアキラを選んだ。




中押し負けだった。
saiはアキラと対局した後、退場して行った。

それを呆然と見送った。
圧倒的な強さの前に打ちひしがれる。
まるで父と対局した時のような、

そして今日打った棋譜はあの日碁会所でヒカルと対局した
棋譜を思い起させた。

あの棋譜は何度も何度も並べた。
そしてあの時の棋譜と今日の見えない相手がどうしても重なるのだ。

「進藤、君なのか!!」

終局を迎えた棋譜が残る画面に思わず声を荒げた。
アキラのそうであって欲しいと願う想いが、ただsaiの強さを
助長しただけかもしれない・・・そう、負けただけじゃない。
冷静になればもっと道があり逆転だってできた可能性は
あった。
悔しさだけではない想いが過る。

saiがヒカルだと断言したわけではない。
アキラはいつまでも軌道を残すPCを落とした。


まもなくセットでの収録とレコーディングも終わり、ロケとライブで忙しくなる。
そうすればこの煩わしい想いも消えるだろうか。
負けた悔しさと自分への憤り、そして今ヒカル≒saiの疑念と想いで胸が苦しくなる。

アキラは深く椅子に持たれ込み冷静になるため目を閉じた。





レコーディングとセット収録も今日でひと段落となる日。

ヒカルは通りかかったレッスン場で
伊角と冴木と加賀の先輩グループ『sparkle』が練習してい
るのを、見かけ足を止めた。
微かに低音とドラムの振動が外に漏れる。
ヒカルが重い防音扉を開けた瞬間音が消え、3人が一斉にヒカルを見た。


「おはようございます!!オレちっと聞いてもいいか?」

「ダメに決まってんだろ、」

加賀が鬱陶しそうに、『しっし』とヒカルを手で払う。

「ええ、いいだろ。邪魔しないからさ」

「まあヒカルはライバルバンドだからな、悪いけど今はダメだな」

冴木は苦笑しながら加賀の意見に賛同する。

「そういうこった」

さっさとここから出ろ、とばかりに加賀が追い出しにかかる。

「ライバルなのは映画の中だけだろ!!」

「そんなことねえぜ。社長も言ってたからな。オレたちが主役
二人を食ってもいいって」

加賀はヒカルに不敵な笑みを向けると『がお〜っ』と脅かすように追い立てた。
この時佐為は始めからわかっていたようでヒカルの後ろでなく
後方の扉前に立って苦笑していた。

「もう、わかったから」

加賀がそこまで本気に言ってるわけじゃないとヒカルは思う。
これも冗談のうちだ。
だが冗談のうちに退散した方が身の為だとも思う。

冴木の言った『ライバル』というのは満更うそではない。
映画モノトーンでの伊角、加賀、冴木の3人のバンドは
ヒカルとアキラの目指すバンドであり、後半にはライバルに
もなった。

実際ヒカルたちのデビューと同時に『SPARKLE』のデビューも
決まってる。映画の中だけでなく、商業的にも競わせて話題を
呼ぼうという事務所の狙いがあるのは確かだった。


「まあ、いいんじゃないか」

今まで傍観していた伊角が二人を宥めるように言った。
加賀は頭を掻いた。

「慎一郎がそう言うなら別に構わねえか」

さっきまで『ダメだ』と言っていた加賀がころっと意見を変え、ヒカルは出て行こうとした足を止めた。

「いいのか?」

「ああ、見られて困る事はないからな。それにオレたちの演奏を見て『モノトーン』に頑張ってもらわないとオレたちも張り合わないだろ?」

伊角にはヒカルの知らない意図した所があった。

『ヒカルとアキラの『モノトーン』は限定バンドになるだろう』と緒方から伊角は聞いていた。
アキラは映画が終われば、囲碁のプロを目指すだろうとも。

その時ヒカルは『SPARKLE』のメンバーになる事を緒方は伊角に仄めかしていた。
冴木と加賀はその事を知らないはずだが、何か感じているのだと伊角は思う。



「そこで大人しく聞いてろよ」

加賀が吠え、ギターとキーボード、ドラムの音が何の合図もなく、同時に始まる。
リズムの狂いすらなかった事にヒカルは胸が高鳴った。

曲は激しいのに、そのメロディはどこか切なかった。

曲が終わるころヒカルは背後に気配を感じて振り返った。
そこにはいつの間にかアキラがいた。

声を掛けることが出来ず目で合図するとアキラもそれに返し、佐為はアキラに場所を譲るように後方に下がった。


加賀の声は演奏が消えても続き、ヒカルの胸に残像のように残った。



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ちょいっと一服

『冴木、伊角、加賀のトリオバンドって想像つかねえ〜っ!!』て思いながら書いてました(苦笑)ある意味すごいバンドだ(おい)

ちなみにお話の中の映画『モノトーン』のストーリーは考えてないです。
明確なものはなくて、
今後ストーリーの都合で進めていくことになると思います(汗)






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