モノトーン

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3局目の対局をこなし、ヒカルはグループ1位で
予選通過した。

余裕の快勝というわけではない。
勝てたのが奇跡ぐらいの対局ばかりだった。
それでもヒカルは今勝ったのだと実感していた。
それは攻め合いに勝ったからこそで、
ヒカルは興奮さめきらぬ表情で佐為を見上げた。


「佐為、オレ強くなってる?」

「ええ、。この対局の間も、
代表の子供たちは本当に強い。だからこそヒカルの棋力も
どんどんと引っ張られていくのでしょう、私も興奮してます」

「この調子で言ったらアキラにだって勝てそうな気がするな」

「それはどうでしょうか」

佐為は表情を落とし後方を見やる。
そこにはアキラがいて、まだ対局の最中であった。

盤面を覗いたヒカルは顔を顰めた。
アキラの黒はほぼ盤面を埋め尽くす。白は生きがなく、
それでも諦められないのか、黒に向かっていく。

その中に容赦なく黒を押し込まれ、白の生きはほぼ消えた。
アキラがこんな無茶な勝ちに持っていくとはヒカルは知らなかった。

「気になって見ていたのですが」

『ひょっとしてこんな調子なのか?』

ヒカルは言葉にはせず目で訴える。

「ええ、格下相手にこんな勝ち方をするような者ではないと思っていました」

ヒカルは目を覆いたくなるような盤面にその場から立ち去った。





「ヒカル、これは勝負です。真剣な、」

「わかってるよ」

先ほどの階段の踊り場まで来てヒカルはようやく声を上げた。

「それから、小耳にはさんだのですが」

佐為は迷っていた言葉を口にした。

「彼は『名人のご子息』なのだそうです」

「名人の子息?」

ヒカルは名人と言う言葉を良く知らなかった。
だた強いとかそういう意味合いがあるのはわかったが。

「プロの棋士で一番強い人・・・と説明したらわかりますか?」

「そうなのか?」

「彼は幼少からお父さんの指導を受けて育ち
今ではプロ棋士それも高段者の実力があるのだとか。
大会に一度も出場したことがないのもそう言った経緯からです。
出場すれば間違いなく優勝する。
それほどの実力があると言うことなのでしょう。
・・・・と、子供たちが話してました」

佐為の地獄耳にヒカルは半分呆れていた。

「じゃあ、今回出場したのは・・・?」

「先ほど彼が言った言葉通り、ヒカルと対局をするためでしょう。これも子供たちの噂になっていました。『塔矢アキラを負かした子供がこの大会に出るって』」

ヒカルはごくりと唾を飲み込んだ。

「それってオレの事?
けど、あれを打ったのはオレじゃねえし、それにオレが勝ち進んだ所であいつとは対局できないんだぜ」

「わかってます。でももし大会ではなく、塔矢アキラに対局を挑まれたらヒカルはどうするつもりなのですか?」

「それは・・・」

対局したいと思う。
けれど今の自分では到底アキラに勝つことなど難しい気がした。
この3局だってようやくだったのだ。

「今はわかんねえよ。けどいつかオレがもっと強くなってあいつに
並べるようになったら絶対に対局したい」

「彼を待たせるのですね?」

ヒカルが頷くと佐為は満足したようだった。

「言っとくが、オレはいつか佐為よりも強くなるんだからな」

「ふふ、強くでましたね。楽しみにしてますよ」





本日最後の対局もヒカルは勝ち上がり、ヒカルはまさかの
思いだった。
本当にここまで、ヒカルの力だけで来るとは思わなかったのだ。

終えたあと、振り向いて佐為を見ると『後ろ』と視線で示す。
付き添いの後方のギャラリーの中に一際背が高く目を引く存在があった。

緒方だった。

「げっ?緒方先生、なんで」

思わず声に出してしまい、対局していたものが不審に顔を上げた。
ヒカルはゼスチャーで謝罪して、対局場を抜ける。

『いつから居るんだよ?』

佐為に視線で聞く。こういうのは以心伝心で慣れっこだ。

『最終局が始まったあたりからです。会場の中に入ろうとして『関係者以外はダメです』と注意を受けていました』

ヒカルは恥ずかしくなって顔が赤くなった。全く先生は何をやってるのか。
ヒカルが会場を出て緒方のもとに行くと緒方が面白くなさそうに声を掛けてきた。

「せっかくお前が対局している所を見に来たのに中には入れないんだな」

「こういうのは中には入れないんだって」

「最後の対局も勝ったのか?」

緒方は今までのヒカルの成績を知っているようだった。

「まあ、なんとか」

「オレの思った通りだな、それで未練はないのか?」

ヒカルは今も対局する子供たちの姿を振り返った。
丁度そこにアキラの対局する姿があった。

今のオレではまだあいつに届いていない。
それに・・・。
ここはやっぱりオレの居場所ではないと思うのだ。

「先生、少しだけ待ってて、」

ヒカルはそれだけいうと、受付に戻り大会の関係者と思しき人に声を掛けた。

「すみません。オレ明日の決勝トーナメントには出場しません」

「えっ?君!!」

「ごめんなさい」

再度謝り、ヒカルはプレートと首からかけていたネームホルダーを押し付けるように渡した。

「ちょっと待って」

相手が制止するのも聞かずヒカルはそのまま走り去った。
それでも今は何ともすがすがしい気持ちだった。




1階の喫煙室にいた緒方を見つけ、ヒカルは手を上げた。

「先生お待たせ!!」

「良い表情だ。どうだ、ここまで勝ち上がった褒美に飯でも食いに
行くか?」

ヒカルは断る理由を探しにかかる。

「それは明日の方がいいけどな」

緒方が苦笑した

「そんなに簡単にお前が取れると思ってるのか?」

「そんなのオレにもわかんねえよ」

「だったらこれからの方がいいだろう」

半場強引な緒方にヒカルは困って頭を掻いた。
緒方は事務所の社長で無碍にも出来することができない。付き合いだって大事にしなければこの世界ではやっていけない事はヒカルもわかっている。

「これから台本読みしなきゃならねえし」

「そう、長くは付き合わせんさ。家に送って行ってやる」

そう言われてしまえば断わる理由もなかった。

「だったらお言葉に甘えて」

「前祝になるようにな」

ヒカルが何と答えようか迷っていると佐為が嬉しそうに手を上げた。

『はい、ヒカルの前祝、私もご馳走になります!!』

ヒカルは頭を抱えたくなる。佐為はホントにマイペースだ。



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オガヒカは今回ないハズなんですが、なんかそういう気分になって
しまいます(笑)





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