モノトーン

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午前中、2度の対局の後、お昼休憩の時間になる。
佐為はテーブルを挟んで向かいに座り、ヒカルが
お弁当を頬ばるのを嬉しそうに見てる。

じっと見られるとなかなか食べにくく、居心地が悪い。

「ヒカル、よくがんばりましたね」

「オレだってやれば出来るんだからな」

「もうヒカルはすぐに調子に乗るから。
2局目はかなり不利でしたよ。
相手のミスに助けられたようなもので、」

「とにかく勝てばいいんだよ」

「ヒカル『勝って兜の緒を締めろ』と言う言葉知ってますか?」

「知らねえよ」

『それはですね…』

くどくどと説明しだした佐為にヒカルは小さく溜息を
洩らし、食べ終えた弁当をさっさと片付ける。

こういう時の佐為はとにかくお説教くさい。
半分ぐらい聞き流し、携帯を確認した。

黒木からの連絡はまだ入ってなかった。
それに少しホッとした。
ここまで来たら最後まで打ちたかった。

「ヒカルまだ『まねーじゃあ』さんから連絡ありませんか?」

「うん、まだ。ここだったらスタジオからもすぐ
だし、もう1局は打てるよな?」

「そうですね」

佐為は安心したようだった。



ヒカルが3局目も勝った所で、対戦ハガキを受付に持っていくと待機していた芦原が声を掛けてきた。

「進藤くん、だったね、ここまで勝ち上がったのかい?」

「はい、まあ何とか」

ここまで勝ち上がったと言っても、まだ3局しか打ってないのだが
芦原は少し興奮気味だった。

「無差別クラスで参加しても何の支障もなかったね」

ヒカルは『無差別クラス』の意味もわからなかった。

「オレ、こういう大会とか出るの初めだし、わからないことばかりで、」

ヒカルは対局時計の使い方さえよくわからなかった。
碁会所で見た事があったから知ってはいたのだが、『持ち時間』
というものがある事も今日初めて知ったのだ。

「次で最後だから頑張って。代表決定戦だよ」

「代表決定戦?」

ヒカルがその意味を聞くまえに芦原は他に呼ばれて行ってしまい
聞きそびれてしまった。
振り返って佐為を見上げても『私も知りません』と顔を振られてし
まう。
笑っていた佐為が急に真顔になり、すっと指を指す。

「それより、ヒカルの対局相手が決まったようですよ」




決勝戦が行われる頃には会場にはほとんど子供の姿はなくなっていた。

ヒカルはこの会場にアキラがいなかったことに改めてよかったような、残念だったような気がしていた。

先日佐為とアキラの対局を見てから、ヒカルはアキラと対局したいという気持ちが自然に湧き上がっていた。
あれから、あの対局を佐為と検討し、改めてアキラの強さを知ったのだ。

ヒカルと同じ歳であの強さ・・・。
今日対局した3人も強いとは思ったが、アキラほどの強さは
ない。

アキラは今までどれだけ碁の勉強をしたのだろうかとヒカルは思う。
佐為のその重さも、アキラの重さもヒカルには図りしれなかった。


最終局はプロの立ち合いがあった。
対局相手が椅子に座り、面と向かい合う。

「それでは始めてください」

『お願いします』



対局が終わった瞬間、ヒカルは高揚感と達成感で包まれていた

『ひ〜か〜る〜やりましたね〜!!』

挨拶が終わり碁石を片付けた後、『待ちきれない』とばかりに佐為が飛びついてきた。

体が霊体なので、すり抜けるのだが、
佐為はそんなことお構いなく何度も何度もアタックしてきて
ヒカルは苦笑した。

「もうお前なあ」

うっとうしく佐為を振り払おうとして、でもそれ以上にヒカルも嬉しくてヒカルもおもわず佐為に抱きついた。

「佐為やったぜ!!」

「進藤くん、どうかした?」

不可思議なヒカルの行動に声を掛けてきたのは芦原だった。

「あっ、すみません」

弁解しようにも出来ない所を見られ、佐為に『お前のせいだからな』と心中で悪態を吐く。

「進藤君東京代表、全国大会出場おめでとう!!
声を掛けた僕がいうのもなんだけど、僕自身がすごく驚いてる。囲碁はどうやって覚えたの?いつから始めたの?」

質問の返答に困ったと同時にヒカルは、芦原の言葉の方が
気になった。

「えっと、それより芦原先生、東京代表って?全国大会って、なんですか?」

「進藤くん、知らずに出場しちゃったんだ」

ヒカルは芦原の質問には答えなかったが、芦原はそれには気を留めなかったようだった。

「ごめんね。僕の説明不足だったな。今日の大会は全国大会の予選なんだ。優勝したら、全国大会に東京都代表として出場資格が得られるんだよ」

全国大会と言われヒカルが思い浮かべたのは『高校野球』
だった。

「高校野球みたいな?」

「まあシステムはそんな感じかな。地方の予選で勝ち抜いた
都道府県代表同士が対局するから」

ヒカルが懸念に思ったのはその日取りのことだった。

「それって期間が長いんじゃ・・。」

少なくとも高校野球は何日もかけて行われるイメージがヒカルにはあった。もちろん勝ち上がればの話だが。
そんなに長い時間を裂くのは到底ヒカルには無理だった。



「全国大会は7月の○日よ○日の2日間だよ」

「7月の○日と○日か・・・」

ひと月後だ。
その頃の予定は思い出せなかったが2日ぐらいなら何とか
なるかもしれないと思う。
学校のテストや修学旅行など、よほど大きな仕事でなければ
考慮してもらえた。

「ひょっとして都合が悪い?」

「その程度だったら何とかなるかも」

「だったら、よかった。間もなく表彰式が始まるから
楽しみにしてて」




芦原が去った後、ヒカルは忘れていた携帯をすぐに取り出した。
後ろから佐為も覗き込んでくる。

「やべ、連絡入ってる」

「それで?」

「『5時にスタジオに戻ってくるように』・・だって」

「5時ならあと30分ありますね」

「表彰式早くはじまらねえかな」



思った以上に表彰式は長びき、しかもその後には新聞社のインタビューや写真撮影まで 行われた。
ヒカルと佐為は5時ほんの少し前に大慌てで会場を後にした。



「間に合うかな」

「何とかなりますよ」

そういう佐為には何の根拠もない事はヒカルは薄々感じてる。
今の佐為は浮き足だっていた。
そんな佐為を横目に重い碁盤にヒカルは溜息を吐いた。

「なんだって副賞が「碁盤セット」なんだよ、
もっと軽いものがよかったのに・・・」

「いいじゃないですか。ヒカルこれで携帯碁盤で
打たなくてもいいですね」

現金な佐為は「碁盤」が貰えるとわかってから大喜びだった。
ヒカルもなんだかんだ言いながら佐為がこんなに喜んでくれるなら、出場してよかったと思っていた。
何より対局した後の高揚感が今もまだあった。


2人がスタジオに着いたのは5時きっかりだった。


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全国大会の代表を決める時は、各都道府県ごとの大会で枠数の代表が決まるのですが。
東京だけは地区ごとで「代表枠」を決めると聞いたのを思い出して
書いてみました。





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