モノトーン

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その日はヒカルは朝からレコーディングの予定だった。

レコーディングと言っても人気の先輩アイドルたちの
バックコーラスを撮るだけなのだが。

ヒカルの所属するストーンズのチルドレン研究生たち8人が
このコーラスとバックダンサーに参加することになっていた。

こんな端役の仕事でもオーディションで決められる。

スタジオに行くとヒカルも担当してるマネージャーの黒木が慌てて
出てきた。


「ヒカルくん携帯に留守電入れたけど聞かなかった?」

「えっと・・・?」

地下鉄に乗る為電源は切ったままにしていた携帯に慌てて電源を入れた。

「今日の収録、音がまだ出来てなくて、今日中には無理かもしれないんだ。連絡が遅くなってしまったから、無駄足させ
ちゃったな」

そういう事は、ままある事だった。
黒木は申し訳ないという様に手を合わせた。

「今日中にって事は今日には出来るかもしれないって事?」

「昨夜から徹夜でやってるんだけど、先が読めないんだよ。
他のメンバーにも家で待機するように言ってる。スケジュールも
押してるからね。曖昧で本当に申し訳ないんだけど」

「わかりました。連絡待ってます」

ヒカルは一礼すると仕方なくスタジオを後にした。


まだ朝9時前で店だって開いてない時間だ。

「せっかくここまで来たのにな。これから家まで帰ってもまた来なきゃならねえかもだし・・・」

周りからは独り言に聞こえるが、ヒカルは佐為に話し
かけている。


「ひ〜か〜る〜」

佐為がヒカルに纏わりつく。
ヒカルは内心で溜息を吐いた。
佐為の言いたいことは想像できた。

「どうせお前は『碁』で時間潰そうって言うんだろ?」

そう、せいぜい碁会所行くか、鞄の中に入ってる携帯碁盤で
時間つぶすか、佐為が言いだしそうな事はそんな所だ。

「違いますよ」

「違うのか?」

「まあ違わないのですが」

ヒカルは『どっちだ!!』と心の中で突っ込みを入れる。

「ここに来る途中で囲碁大会の会場を見たのです」

佐為はあっちと言うように指で示す。

ただ歩いているだけでも、ヒカルが気づかないような事に佐為はよく気づく。
特に囲碁が絡むと佐為はアンテナでも張っているんじゃないかと思うほどで、ヒカルは感心する。

「おそらく、先日碁会所でヒカルがもらった囲碁大会の案内が
あったでしょう。
あれではないかと思います。子供の大会と書いてありました」

「子供の大会かあ。佐為はその会場に行きたいのか?」

「はい」


ヒカルは思案する。
あの碁会所で対局したアキラも来るのではないかと
思ったからだ。

けれどヒカルは参加するわけでなく見に行くだけなので
差し支えはないかもしれなかった。
それに子供の囲碁大会というものにも少し興味が沸いた。

「わかった、ちょっと覗きに行くだけだからな」




佐為に道案内され着いたのは大きな会館だった。

「へえ、こんな所でやってるんだ」

ヒカルが会場に入ると受付があり大勢の子供たちが順序よく
並んでいた。

「すげえな、これみんな囲碁を打つ子供か?」

ヒカルの驚きに、佐為も目を輝かす。

「嬉しいですね。現世にもこれほど囲碁をする子供たちがいたなんて・・・。」

目に涙さえ浮かべ喜ぶ佐為にヒカルは『大げさだな』と苦笑した。
その時人ごみの中、ヒカルは声を掛けられた。

「君は確か・・・」

『芦原先生!!おはようございます!!』

佐為の方が反応が早くペコリと挨拶する。

「あっ、おはようございます」

ヒカルも慌てて挨拶を返す。

「君も大会に参加するの?」

「いや、あのオレは申し込みもしてないし」

「そうなの?」

ひょっとして参加申し込みしていない者は会場に入る事は出来ないのではないかと、ヒカルは焦る。

「もしよかったら、『無差別クラス』にキャンセルが出てるから、今からでも参加できるよ」

先ほどからわくわくとしていた佐為がますます嬉しそうに飛び跳ねだす。
背後から『ヒカル〜』とすり寄られヒカルは困って頭を掻いた。

「えっと・・・」

こんな子供の大会で佐為に打たせたら優勝するに決まってる。
子供らみんながアキラのように強いはずないだろう。

そう思ってふとヒカルは気づいた。
子供相手なら佐為でなくてもヒカル自身が出場することも出来るんじゃないかという・・・。

「あの、だったらお願いします」

芦原はすぐに受付に行って用紙を貰ってくれた。

「じゃあここに記入して、受付に出すんだよ」

「はい、ありがとうございます」

「頑張って!!」



ヒカルはふっと息を吐くと用紙を眺めた。
用紙には棋力、名前、年齢それに住所を書く欄もあった。
必要事項にヒカルは書き込んでいく。
今日はヒカルが打つのだから偽る必要もない。

「佐為悪いけど、今日はオレが打つからな」

「ヒカルが打つのですか!?」

ヒカルが打つと言ったら佐為は落胆するだろうと思ったが、佐為は思いのほか嬉しそうだった。

「なんだ、打てなくて落ち込むかと思ったのに」

「いいえ、ヒカルは私としか対局したことがありませんから
色々な人と打つのも勉強になると思うのです。
それに最近ヒカルは強くなっています。十分に大会でも
通用するのではないかと思いますよ」

「まあ時間つぶしだし、テキトーに頑張るよ」


時間になりヒカルは指定された座席に座る。
すでに相手は碁盤向こうに座っていた。

今日の審判棋士のあいさつがあり、芦原もその一人で
ここに来ている事をヒカルは知った。

対局始めの合図と共に、碁石を握る音が会場に響く。
見も知らずの相手とこうやって対局する事になったことに
正直驚いてる。

初めての大会への参加。
まさに思いもしなかった出来事だった。

に関わらず今のヒカルはドキドキわくわく胸が高鳴っていた。
それはスポットライトを浴びた時にも似ていた。


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ヒカルのマネージャーは、ヒカ碁キャラにしようと
思ったんだけど、適任者が見つからず(汗)その後も活躍場がなさ気なので、オリキャラにしました。緋色





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