ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 4章 正体8 ヒカルの話をアキラはただ黙って耳を傾けた。 緒方への怒りと、悔しさで時折見せる、抑えきれないヒカルの高ぶる感情を ただ黙って、受け止めようとした やがて話が終わりアキラは口を開いた。 「今までにこんな事はなかったの?」 「ああ、佐為が離れても何っていうのかな、糸のようなもので繋がってる っていうか、そういう感覚はあったんだ」 「今はそれも感じない?」 ヒカルは小さく頷いた。 緒方が呟いた言葉といい、佐為が消えた事と組織が関与してることは 間違いなさそうだった。 「わかった。組織の方は僕があたろう」 「任せていいのか?」 「当り前だろう!佐為は僕にとっても大切なパートナーなんだ!」 語気を強めると、ヒカルは少しほっとしたようだった。 「ありがとう。アキラは佐為の事一人の人として扱ってくれたろ? 拘留所でも島でもさ、佐為すげえ喜んでた。オレも そういう佐為を見ると嬉しくて」 「そうなんだ」 「オレは一旦家の方に帰るぜ。ひょっとしたら佐為がそっちにいるかもだろ?」 「わかった。だけどもし、佐為が見つからなかったら、マンションに戻ってきて欲しい」 「ここにか?」 心配だった。おそらく今の状態で佐為が見つかる可能性は低い気がしてる。 「もちろん佐為が見つかったら1番に連絡が欲しい」 「ああ、アキラに1番に連絡するっ、ていうかお前しかいねえし」 随分落ち着いたように見えたヒカルに安堵も覚えるとともに、 離れることに不安も感じてる。 「じゃあ、また」 「ヒカル!!」 部屋から出て行こうとしたヒカルをアキラは思わず呼び止めた。 「どうかしたか?」 「いや」 言ったあと、言葉を探し、そうしてまた後悔したくないと思う。 「必ず助けに行く。もう2度と・・・」 ヒカルは少し困ったように笑った。 「バカっだよな。そんなの気にしてねえよ。お前、ちゃんと来てくれたじゃねえか」 そういったヒカルの横顔が泣き出しそうで、胸が苦しくなる。 伸ばしそうになった腕、 それを拳で耐えたのは今はまだその時じゃないと思ったからだ。 閉まった扉にアキラはぽっかりと胸が開いたような、たとえようもない 想いが過ぎる。 『佐為が見つからなかったらここに戻ってきて欲しい』 そう交わした約束はただのアキラのエゴかもしれない。 それからひと月以上ヒカルからの連絡はない。 ひと月以上ヒカルからの連絡はない。 メールもアキラからの一方通行だ。 佐為の事がわからないことにアキラも苛立ちと焦りを感じていた。 あれからすぐ緒方と相対するためにアポイトメントを取ったが、すでに 緒方は海外出張に出ており、2か月は戻らないという。 組織から回収したヒカルの荷物の中にはヒカルの携帯もあった。 その携帯に何度も手を伸ばし、首を振った。 それでもアキラがヒカルと接点が取れるのはこのマンションしかなく、 アキラはその間ここで多くを過ごした。 そんな矢先アキラが出先から帰ると、鍵が開いており薄汚れた靴が玄関に無造作に あった。ヒカルの靴だ。 「ヒカル!!」 駆け上がると、リビングに立ち尽くすようにヒカルがいた。 だらしなく、皴のいったシャツ、 伸びた金の髪は瞳を覆い表情はすぐに伺えない。 ただ頬はこけていたし、顎には無精ひげが 浮かび、それはヒカルらしくなかった。 佐為は見つかっていないのだと、一目でわかった。 「ごめん、携帯を取りに来ただけだからさ、もう帰る」 おそらく携帯を取りに来ただけではない。佐為を探しに、ひょっとしたらアキラに 助けを求めに来たのかもしれなかった。 乾いたヒカルの声。そそくさと荷物を持って退室しようとするヒカルに 急速に沸き上がった感情をアキラはもう抑えることが出来なかった。 「僕はもうこれ以上君が傷つくのを見たくない!」 「オレは別にそんなじゃねえし、お前に同情されるような事はねえ」 怒号が飛ぶ。ヒカルのいら立ちを感じられずにいられなかった。 「同情じゃない!君を危険な目に合わせるぐらいなら、佐為はいなくてもいい!!」 「お前何言ってんだ!」 長く伸びた前髪から見上げたヒカルの瞳とようやく視線があった。 その瞳に向かってアキラは言い放った。 「君を愛してる!!」 ヒカルは目を見開き、一瞬言葉を無くす。 「ヒカルを愛してるんだ」 大きく一歩を踏み出し、思い切り抱きしめたその体は、震えていた。 「バカヤロウ!!」 跳ねのけられ、飛んできた拳をかろうじて受け止めようとしたら ヒカルは腕を咄嗟に引いた。 アキラに触れられるのも嫌だったのかもしれない。 「オレはお前の事なんて大っ嫌いだ!!」 大きく見開いた瞳は涙でいっぱいになっていた。 アキラは飛び出していったヒカルを追っていくことはできなかった。 『なぜ言ってしまったのだろう』 もう2度とヒカルがここに戻ってくることはないかもしれない。 もう2度と会うこともないかもしれない。 それでもヒカルが組織から退き、平穏に過ごせるというなら、それが幸せなのだと 言い聞かせる。 溢れでる涙を拭うこともせず、アキラはただそこに立ちすくんだ。 →正体9話へ |