ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 

暗闇の中で17


 


そうして学の取り留めない話が落ちついた頃、アキラが学に聞いた。

「僕らに君たちを助けられる術はないだろうか?」

「人間の血を輸血出来たらって芥が言ってた。けど適合があるし」

「オレ0型だぜ?オレの血じゃダメなのか?」

身を乗り出したヒカルに学は『うーん』と首を傾げた。

「血液型がどうとかいうんじゃねえんだ。
上手く言えねえけど、オレたちに近い人間の血じゃないとダメなんだ」

学はそう言って声を落とした。

「オレも芥もボロボロでさ。ここの実験でさんざんやられたから。
ひょっとしたら芥の方がオレを守るために必死で、もっと傷ついてるかも
って思う。
オレは芥がいないと生きていけない。けど芥は違うんだ。
そりゃ一人にしちまうのは、心残りあるけど、けどオレが足引っ張っ
てるのわかってる。
芥は自分の意思でこの島だって出ていけたし、自由にもなれたんだ。
けど、オレがいたから・・・・。」

生きたいと、願う気持ちと、自由になりたいと思う気持ちも本物で、
それと同時に芥にもう迷惑を掛けたくない、彼を自由にしてあげたいとも
願ってる。
学は本音が矛盾していることもわかってるのだろう。

ヒカルとアキラに出来ることがあるなら何とかしてやりたいと思う。
人外とかそんなものはもう今はどうでもよかった。

「オレ人間になりたい、ってずっと思ってたけど、
やっぱり狼だったころの方が幸せだったかな、」

学は遠い記憶を手繰り寄せるように目を閉じた。

「オオカミとして生きる道もあるの?」

「ああ、狼の方が治癒力高えしな。ただもう2度と人間には戻れねえ
だろな」

そういった学はもう生きることを諦めているようにも見えた。

「人として生きるなら、僕らの組織の病院で君たちを保護できる。
ここにいるよりは、ずっといいんじゃないか?」

アキラがまさかそのようなことを言い出すとは思わなかった。
ヒカルだって考えなかったわけじゃない。だが・・・。

「アキラ、それは夜やらんと同じように組織に彼らをゆだねるという事に
なるんだぜ?もし調べられたら・・・。」

ここで、どんなことをされたのか想像つかなかったが、もうそんな思いを
学にも芥にもさせたくなかった。

「アキラもヒカルもすげえ優しいんだな。ありがとうな」

そう言った学の方がよほど優しいとヒカルは思う。




3人で話していると、ノックもなくいきなり扉が開きそこにいたのは芥だった。

「まだいたのか?」

まだ二人がここにいることは一目瞭然だったが、冷ややかな視線と憮然した
口調だった。
芥の綺麗な顔立ちな分、無表情が余計に際立つようだった。

「ごめん、オレがつい引き止めちまったんだ」

芥に言われ、学はしゅん、とうなだれた。
その様子がまた犬ころのようだった。

「学も、もうベッドに戻れ」

ヒカルは芥の冷ややかな態度と口調に背筋がぴりりとしたが、
それも学を守るためなのだという事はもうわかっていて、声を上げた。

「あの、オレじゃ、オレたちじゃダメなのか?人の血が必要なんだろ!!」

「必要ない!!」

芥は話にならないとばかりに首を振る。

「オレもアキラも力になりたいって思ってる。もしできることあるなら
なんでも言ってくれよ!!輸血だって調べてみねえとわからねえだろ!!」

一度は芥に従いベッドに戻ろうとした学がこちらを振り返った。

「芥・・・・オレ、オレ手術してえ!!
そのアキラとヒカルには迷惑かけるかもしれねえけど。
どうせ、もう長くねえならさ」

「学!!」

怒りなのか、悔しさなのか、悲しみなのか、芥はわなわなと全身を震わせていた。
彼もまた葛藤してるのだ。

アキラがすっと前に出た。

「ハンターの僕らを信用できないあなたの気持ちはわかります。
でも、僕らを信じてくれた学くんの気持ちに応えたい。
だから僕からもお願いします」

アキラは静かにそういって頭を下げた。
ヒカルもまた一歩出るとアキラと一緒に頭を下げた。

ヒカルはアキラは変わったな、と思う。少なくとも初めて一緒に任務を
こなした拘留所では、こんな事は言わなかっただろう。



「芥!!」

無機質な無菌室に戻った学はそれでも必死に声を張り上げた。
ややあって、芥は静かに頷いた。

「わかった、やってみよう」

「芥、本当か?」

学のそれに応えずに芥はアキラとヒカルに初めて向き合うよう振り返った。
切れ長の綺麗な瞳と睫毛がわずかに濡れていた。

「オレの方がお前たちに頼む」

芥はヒカルとアキラに向かって深く頭を下げた。
まさかそんなことをされると思っていなかったので流石に面食らった。

「その気持ち確かに受け取りました」

アキラはこんな時にも冷静ですごいな、とヒカルは思う。

「ヒカルと言ったか?」

顔を上げた芥がヒカルを見ていた。

「ああ、オレがヒカルだけど」

「輸血の適合性はお前の方がありそうだが、大丈夫か?」

血液を調べもせずに、そういったからには芥には確信があるのだろうと
思う。

「ああ、オレが言い出したことだぜ。大丈夫に決まってるだろ」

ヒカルの返答にアキラが顔を顰めた。

「輸血の量はどのくらいになるのでしょうか?」

「600mから800mと言ったところだ。しばらく貧血ぎみになるだろう」

「その程度なら大丈夫だって」

「するなら学の体調のいい今日がいいが、どうだ?」

「オレはいつでも構わないぜ」

「わかった。夕刻 〇時にもう1度ここに来て欲しい。
それまでに手術の準備をしておこう」

そのまま奥へ入ろうとした芥を慌ててアキラが呼び止める。

「僕にも手伝えることはありませんか?」

「オレ一人で手術となると大変だろう。夜とらんはヴァンパイア族だから
血には触れないほうがいい。手伝ってもらえるなら、助かる。手順を説明しよう」

「お願いします」

芥は余計な事は一言もいわなかったが、丁寧に段取りと手順をオレたちに
説明してくれた。
アキラは流石と言った具合に覚えが早く、芥も安心したようだった。

そうして一通りの説明をした後、芥は学のいる無菌室へと入っていった。




アキラとヒカルは静かに部屋を出たのは、芥と学を二人にした方がいいだろうと思った
からだ。
部屋の片隅で静かに4人を見守っていた佐為が、『私はもう少しここにいます』
とヒカルに呟く。

「野暮なことするなよ」

『わかってます』

佐為は苦笑して壁へと消えていった。




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芥(かい)と学(がく)と呼びます。
芥は「ごみ」という意味で相沢教授から付けられた名前です(涙)
そのあたりもおいおいと描けたらいいな、と思ったりします。