ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 暗闇の中で18 3人が再び地下の部屋へと戻ったのは、約束の時間よりも30分早かった。
芥はまだ手術の準備中だった。 「すまない、準備に手間取ってる」 「いいえ、僕らが早くきたのは手伝うためです。指示してください」 「わかった。学の部屋に術着を用意してる。ヒカルは消毒と着替えを済ませ 学の隣のベッドに、アキラはオレに付いてくれ」 「わかりました」 芥もアキラも余計な事は言わない。 だが、無感情のようでいて、胸に秘めた想いの強さを感じる。 ヒカルは案外 芥とアキラは似ているかもしれないと思いながら二人を見送り 学のいる部屋をノックした。 「学、どうだ?」 ガラス扉の向こうの学にやや大きな声で 意図して明るく言ったのは、学が手術前で不安定になってるかもしれない と思ったからだった。 「ヒカル、本当に来てくれたんだな」 「当り前だろ!!信用してなかったのか?」 「ううん、来てくれると思ってたぜ?」 表情までは見えなかったが、学の声は明るかった。 佐為が先にガラスの向こうに消えていき、学の頭をぽんぽんと撫でる。 佐為の行動はなんとなくわかる気がした。ともすれば不安になる 気持ちを少しでも和らげてやりたいと思う。 学には佐為が見えないだろうが、何か感じたのかくすぐったそうに首をすくめていた。 芥に指示された通りにして、病室に入ると学はまだくすぐったそうに 笑っていた。 「ヒカルと一緒にいると気分いいんだ」 たぶんそれは佐為がいることも、あるのだろう。 「そうか、ならよかった」 そう言ってから会話がなくなる。何か気の利いた言葉をと思っても 思い浮かばず、思わず佐為に助けを求めたが、佐為も顔を横に振った。 少し戸惑うように学が言った。 「なあ、ヒカル、手握っててくれるか?」 「えっ?ああいいぜ」 ヒカルは並んだベッドに腰かけると、学の右手を握った。 佐為も学の左手に手を添えようとしたがそれは通り過ぎ、ヒカルは苦笑しそう になった。 「ヒカルの手、温けえ。あっ、悪い、オレガキっぽいか?」 「いいや、オレもさっき、ここ地下降りる時にアキラに手繋いでもらってさ。 我ながら恥ずかしいやら、情けねえっていうか」 恥ずかしいエピソードだったが、学が和んでくれるならいいと、笑い飛ばす。 「そうなのか?だったら術中こうしててくれるか?」 「オレでいいのか?」 「芥は忙しいし、ヒカルの手がいい。温かいしな」 そう言った学の手も温かだった。 「そういえば、ヒカルは空先輩と藤守先輩に会ったんだろ?」 「学は二人のこと知ってるのか?」 「おう、オレの通ってた学園は幼稚園から大学まで一貫しててさ、 空先輩とは高等部からの知り合いなんだぜ」 「高等部って、学は高校生なのか?」 てっきり中学生(ひょっとしたら小学生)かと思っていたヒカルは思わず 聞き返した。 「え、いや オレ大学生だぜ? それに空先輩たちダブったから今オレ同回生だったりするんだよな」 「大学生ってオレとあんまし変わらねえじゃないか!!」 「まあオレが学生やってんのは、ちょっと訳があるんだけど、 て、ひょっとしてオレすごく幼く見られてた?」 「えっと・・・」 ヒカルは返答に困り、苦笑いして誤魔化した。 「あー、このっ!図星だな?!」 学は口を尖らせケラケラ笑う。ヒカルは少し困って話題を変えた。 「空と直は学がここにいることを知ってるのか?」 「ううん、二人は知らねえんだ。夜とらんは知ってっけど。 オレたちがここにいる事は、二人が元の学園生活に戻った時、余計な記憶 になるだろ?だから接触しちゃダメだって芥に言われてる」 「そっか、学は空や直に会いたいんじゃねえのか?」 「ああ、うん、オレ空先輩の事大好きなんだ。もちろん直先輩も、 空先輩学園一のイケメンって言われてんだぜ?なのにあの中身とのギャップ がな!! あ、けど、空先輩好きって言っても 藤守先輩みたいに恋愛感情とかそういうんじゃないからな!」 1人で言って、1人で勝手に真っ赤になった学がヒカルは微笑ましたかった。 本当は空に惚れていたのかもしれない。 「そうだな、学には芥がいるもんな?」 「まあ、芥はオレの兄ちゃんだけどな」 「そうなんだ?」 『学と芥が兄弟ではないか?』というのは佐為の推測だったが、学がいうなら 間違いなだろう。 「似てねえだろ?」 自笑ぎみに言った学に『いいや』と首を振る。 「結構似てると思うぜ?」 雰囲気は確かに違うが、目元や口元、髪質も似ている気がする。 それに狼人など兄弟でもない限り、そうないだろう。 「そっか、でもオレ芥とは兄弟じゃなかった方がよかったな」 「どうして?」 一瞬学の表情が強張る。部屋の前の僅かな気配に芥とアキラの準備が 整ったのだとわかる。 「オレ芥にそれ以上の感情を持ってる。気づいたの遅すぎだっつうの」 そういった学の表情が揺れて、ヒカルは胸にズキリと痛みを覚えた。 「今のは内緒だからな?」 学はヒカルにウィンクした。 「学、遅すぎなんてないっ、気づいたなら伝えればいいだろ!」 「けど・・・」 「手術は芥がするんだぜ?絶対に成功する。大丈夫だ!」 「ヒカルに言われたらそんな気がするよな」 「ああ、絶対に成功する」 部屋をノックする音の後、扉が開く。 確信などない。でも今はそう信じるしかない。 学を安心させるようにつないだ手に力を込めた。 →暗闇の中で19話へ 一言、 学は「すきしょ!」では脇役なんですが、「もう、待てないって!」 (も待て)では主人公でもあります。
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