ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 暗闇の中で16 雨はますますひどくなり、建物そのものが揺れているようだった。
あの地下の階段は初めから開いていた。 「この扉どうなってるんだ?」 「ここはオレたち人外のものしか自由に出来ねえぜ?」 夜はややぶっきらぼうにそう言い、それ以上は話をしてくれそうに なかった。 ヒカルの後ろにいた佐為がすっと前に出る。 何も語らなかったが、先回りして見に行こうというのだろう。 それを無言で見送る。 先日のように闇に吸い込まれていくような感覚はない。 あの嫌な臭いがした、実験室を通り抜け奥に行くと、ヒカルとアキラが まだ到達していなかった、最奥の部屋に到達する。 佐為が二つの棺があると言っていた場所だ。 そこを夜が開け放つと冷たい冷気が伝わり、自然と足がすくんだ。 「この先は二人で行ってくれないか?」 アキラが夜をいぶかしむように見上げた。 「あいつらはお前たちに何もしねえさ」 夜はそう言ったあと、『けど』と付け加えた。 「よそ者は迎え入れないかもしれねえ」 「僕たちだって、なかなか入れてもらえないんだ」 らんは苦笑まじりにそういった。 詳しい事は夜も、らんも話してはくれない。 ただ夜が言ったのは、 『助けてやって欲しいやつがいる』 『夜とらんでも、どうしようもないという』こと それは人間のオレたちじゃなければ出来ないという事、 そしてできれば二人を見逃してやって欲しい、という事だ。 とにかく行ってみなければ何もわからない。 「わかった」 アキラとヒカルは目配せして、中へ進んだ。その後ろで扉が閉まり、 ヒカルは戸惑いを覚えた。 目の前の大きな棺は流石に恐怖を感じたからだ。 「アキラ?」 暗くて傍にいるアキラを確かめるように声を掛ける。 「僕は大丈夫だから」 そういってアキラはヒカルの手を握った。 「この部屋なのか?佐為も見当たらねえし」 「佐為は一緒じゃなかったのか?」 「途中で先に行ったんだ。声は掛けなかったけど、先に見に行ってくれた んだと思ったんだけどな」 そうすると姿は見えなかったが佐為の声がした。 『ヒカル、アキラくん、こっちです!!』 「佐為どこだ?」 『こっちにまだ地下に行く通路があるんです』 「まだこの奥があるのか?」 『ええ、私もこの間来た時に気づかなかったのですが』 アキラに佐為の所在を報告し、佐為の声を頼りに足を進める。 『この先また階段になってます』 「それで、この奥には何があるんだ?」 『かなり弱った少年が病室のような部屋にいました。 それに付き添う青年が居りましたよ』 「人なのか?」 『私には人のように見えましたが、違うのでしょうか?』 階段までくると突然階段の電気が灯る。ヒカルは驚いて握っていたアキラの 手を強く握りしめてしまう。 「アキラ、ごめん、」 前に来たときもびっくりしすぎて取り乱したことを思い出す。 また同じことをしてしまった。 「いいよ、手を握るくらい」 「けど、電気も付いたし大丈夫だ」 まだ胸が高鳴っていたが、ヒカルはアキラから手を離した。 一瞬アキラの方が戸惑ったような気がした。 離そうとした手がもう1度握り返されたが、離れる。 「どうかしたか?」 「いや、なんでもない」 アキラに違和感を覚えたが、そのまま階段を下る。 上の階同様に部屋が並んでいたが、施設の1階と違い、 壊れている風はない。 『ここです』 佐為に案内され、ヒカルはアキラに目配せする。 アキラは躊躇せず分厚い扉をノックした。 しばらくすると扉が少しだけ開いた。 長身の白衣を着た青年は夜にも負けず劣らない、整った 顔立ちだったが、瞳も声も冷やかだった。 「あの二人の差し金か?」 「彼らの差し金ではないです。僕らの意思で来ました」 かなり奥でか細い声がした。 「芥(かい)?誰か来たのか?」 芥と呼ばれた青年がますます顔を顰める。 「大丈夫だ、学(がく)。すぐにおい返す」 おおよそヒカルとアキラに対する態度との違いにヒカルは 彼が芥(かい)の大切な人なのだろう、と思う。 「もう芥、せっかく来てくれたのに、そういう言い方良くねえぜ?」 扉の向こうで足音がして、芥は慌てて扉をバタンと閉めた。 重たい扉の向こうくぐもった声がするが何を話しているかまではわからなかった。 佐為は器用に壁の中に半分だけ浸透してヒカルに二人の会話を伝えた。 『学(がく)と呼ばれている少年が、二人と会って話がしたいと言ってます』 それをすかさずアキラに伝える。 待つこと数分、重い扉が開いた。 「学がお前たちと話をしたいと言ってる。だが、少しでも 何かしたら、命はないと思え」 静かに言い放った言葉には冷たくも想いがあった。 「わかった」 芥はそのまま二人の横を素通りし、二人が今来た階段を上がっていった。 佐為がぽつりと言った。 『きっと彼にとって中の少年はとても大切な存在なのでしょうね』 ヒカルは無言でそれに頷く。夜とらんがそうであったように、この二人にも 二人だけの絆があるのだろう。 扉はわずかに開いていたがアキラがノックをすると『どうぞ、』と明るい声が返ってきた かなり大きな部屋だった。 奥に大きく囲まれたガラス張りの部屋の中、医療機器の数々と ベッドがあった。 学と呼ばれた少年はその手前のソファに座っていた。 中学生くらいだろうか、まだ幼さの残る顔立ちで、声変わりもしていないのでは ないかと思う声だった。 佐為は『かなり弱った少年』、と話していたがヒカルには学がそういう風には 見えなかった。 「不躾にすみません。突然来たから、彼を怒らせてしまったのではないですか?」 「ううん、芥はいつもあんな感じだからさ、気にしなくていいぜ」 学は椅子からぴょんと飛び降りると、タタっとアキラとヒカルの元に近づいてきて、クンクン と嗅ぐ。そのしぐさに思わず犬のようだな、とヒカルは思う。 「二人とも人間だよな、すげえ久しぶり人と話すのも会うのも」 「君は人間じゃないの?」 「オレ?あっオレの事は学(ガク)でいいぜ?」 よほど人と会ったのがうれしかったのか、学は落ち着かず。 二人の回りをくるくる回る。 「オレな、実は狼なんだぜ!!」 とっておきの事を告白するように言われ、思わずヒカルは 『オオカミと言うより犬っころだな』と内心苦笑した。 「あっ、今犬みてえだな、って思っただろう!!」 ヒカルに向かって口を膨らませた学にヒカルは素直に謝罪する。 「悪い、その学は狼なんだな?」 「おっ、疑ってるのか?」 「いや、疑ってるわけじゃないんだ」 学にタジタジになってるヒカルにアキラが弁護する。 「そっか、別にオレは犬でもいいんだけどな」 学はケラケラと笑った。 「それより、学は起きて大丈夫なのかい?横になった方がいいんじゃないか?」 アキラが心配して声を掛ける。 「うん、今日はいつもより気分がいいんだ。それに訪問者もあったし、 それにだぜ、こんな所にずっといる方が病気になるって思わねえ」 「けれど向こうは無菌室だろう?」 アキラの指摘にヒカルはハッとした。人と接触しないようにしていたのも この部屋から出れなかったのも、少年が病気を抱えている為なのだろう。 「あはは、気づいてたか?オレたちな、ちょっと訳ありなんだ」 「訳を聞いてもいいかな?」 「いいぜ、オレを外に連れて行ってくれたらだけど」 「それは彼が許してくれないんじゃないかな?」 「オレこんな所で一生を終えるなんて嫌だぜ、それぐらいだったら外にでて思いっきり走り回って お日様の光浴びて、水浴びして、勉強して、けど・・・芥を一人にするのも心残りなんだ」 「彼も狼なんだね?」 「ああ、芥も狼なんだ、しかも芥は一匹狼ってやつ!!」 思わずという具合にアキラとヒカルが苦笑し、学も笑った。 学は本当にうれしかったのだろう。 取り留めない話もあったが、ずっとしてくれた。 →17話へ
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