ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 

暗闇の中で9


 

逃げるように施設を飛び出し、二人は無言のままテントに辿り着く。


『ヒカル、念のため今晩はアキラくんと船に戻った方がいいのでは?』

ここまで気力だけで戻ってきたヒカルは佐為の提案に首を横に振った。

「いや、あいつらはオレたちを今すぐどうこうするつもりはねえよ」

もしするつもりなら、いつでも出来たはずだ。
ヒカルの体は今も熱をもっていて、それはあいつら特有の邪気に中てられたの
だと思う。
ヒカルが『らん』から目が離せなくなったのもだ。
無防備に夢魔に中てられたら、欲望から抜け出せなくなると聞いていた。
必死に抗ってこれなのだ。アキラだってどうだかわかったものじゃない。
そう思ってアキラを伺う。

「僕も彼らは今晩は何もしてこないと思う。たぶん僕らの出方を伺って
るのだろう」

そういって小さくため息を吐いたアキラは普段と変わりないような気がしてホッとする。

「ますますわからない事だらけだけれど、今日はもう横になろう」

「そうだな、流石にオレも疲れた」

色々ありすぎて、頭の中がぐるぐるしていた。これもあいつらの気に中てられたせいかも
しれないと、転がるように寝袋に入る。
シーツが収まらなかったが、もうそんな事さえどうでもよかった。

いつ眠りについたのかもわからない程に疲れ果て、
ヒカルが目が覚めた時にはすでに日が高かった。




ヒカルが起きるとすでにアキラの寝袋は畳まれていた。
時計を見ると9時を回ってる。
佐為も起き抜けで、ヒカルは苦笑した。

「佐為も今起きたのか?」

『ヒカルの疲れが私にも影響してるようでまだ眠いです。
アキラ君が起きたのは気づいていたのですが』

「佐為はもう少し寝ててもいいぜ?」

『いえ、私も起きます』

二人でテントをでるとアキラが朝食の支度をしている最中だった。

「ごめん、オレ寝すぎた!!」

アキラが首を振る。

「僕も8時過ぎに起きて、船でシャワーを浴びてきたところなんだ。
君もどう?」


昨夜のことを、アキラとこれから考察することになるのだろうが。
その前に落ち着いておきたかった。
船の水は貴重だったが、昨夜いろいろありすぎた。
アキラも使ったというなら、少しぐらいいいだろう。

「そうだな、それじゃあオレも行ってこようかな」

そうして、船に向かおうとしてヒカルは足を止めた。

「アキラ、砂浜に人がいる!!」

「ええっ?!」

遠目でこちらに背を向けていてもその姿は忘れようもないもので、
作業を止めたアキラにヒカルはもう一つ重大な事実を叫んだ。

「昨日のヴァンパイアとサキュバスだ!!」

砂浜を歩く二人は船に向かっているようだった。
ひょっとしたらオレたちを足止めするため船を切り離すか、乗っ取るつもりかも
しれない。

ヒカルは慌てて丘を滑り下り砂浜に走り出す。
アキラもその後をすぐ追った。

『ヒカル、どうするつもりです!?』

隣から佐為に怒鳴られる。考えなんてない。

「黙って見てられねえだろ」

『こちらから接触するなんて危険です!!』

「船に何かされるかもしれねえんだぜ!!」

『そんなことになっても組織が来てくれます』

佐為と怒鳴りあいながら砂浜に足を取られる。
怒鳴り声に向こうがこちらに気づき足を止め、振り向く。
それでヒカルも駆け足を緩めた。
アキラがヒカルに追いつき二人肩を並べる。


見間違えるはずがない。『夜』と『らん』だった。
昨夜よりもはっきりと輪郭がわかるのは、日の光のせいだろうか。

夜もらんも足を緩めヒカルとアキラと同じように少し戸惑っている気がした。

向こうからこちらに近づいて来て、ヒカルは後ろに後退しそうになると、
少し距離のある場所から『夜』が大きな声で叫んだ。

「あの船はお前らのものなのか?」

おおよそ昨夜とは違う雰囲気にヒカルは戸惑った。
容姿は一緒なのに声色が少し違う。
昼間ヴァンパイアは夜のような自由が利かない事と関係があるのだろうか?

「お前ら昨夜のヴァンパイアとサキュ・・・」

ヒカルがそこまで言ったところで佐為が慌てたようにヒカルの眼前でバタバタ暴れだす。
『何やってんだ!!』と怒鳴りそうになったが、佐為は必死だ。

『ヒカル、彼らは人間です!!』

《人間?だって!!昨日のあいつらじゃ》

『いえ、間違いなく人間です!!』

手話で佐為と会話すると、相手は困ったように言った。

「昨夜何かあったのか?お前らと初対面だと思うんだけど」

《しまった》とヒカルは手話を止めた。
まさか相手もわかるとは思わなかったのだ。
助けを求めるようにアキラを見ると、首を小さく振った。

「こんな無人島に二人はどうして?」

アキラは今のいちれんのやり取りだけで、事態を
把握したようだった。

「お願いがあるんだ。オレたちをここから助けて出して欲しい!!」

真摯に頭を下げる彼らは確かに昨夜の『夜』と『らん』とは違うようだった。
『夜』は『らん』を庇うように肩を抱いていた。

「その話を詳しく聞かせてもらえないだろうか?」

「ああ、悪い、その前に藤守を座らせてもいいか?ちょっと体調良くなくてさ」

「彼はふじもりっていうの?」

「ああ、藤守直(ふじもりすなお)、オレは羽柴空(はしばそら)って言うんだ。お前らオレらと歳そんな変わんねえよな?オレらの事は『ナオ』と『そら』でいいぜ?」

「わかった。『ナオ』と『そら』だね。僕は塔矢アキラ、こっちは進藤ヒカル。
ここには調査で来てるんだ」

「こんな所でも仕事なんてあるんだね」

そういったのは『ナオ』の方だった。そらが体調が悪いといった通りあまり顔色が
よくなくふらつきもあるようだった。

少女と見違うほど綺麗な顔立ちと赤みを帯びたつややかな髪。
ヒカルは「ナオ」に見惚れてしまいそうになる。
そうして昨日の『らん』と『夜』の情交を思い出し思わず正気を取り戻すよう顔を
横に振る。

お互い簡単に自己紹介して、砂浜に腰を下ろした。


「それで、助けて欲しいというのは?」

「オレたちいきなり拉致されて、ここに連れてこられたんだ」

流石にその事実にぎょっとする。
だとするとあの部屋でヒカルが見たビジョンは彼らという事になる。

「拉致した相手は?理由があったのか?」

「それがわからねえんだ。オレたちが聞きたいぐれえ。
ただオレもナオも学生で探偵助手やってっから、
知らねえ間に恨みをかったのかもしれねえ、って思ってて」

「それでここに連れてこられ、何をされたんだ?」

「それが監禁されて、食べ物も与えられずで、しかも向こうからはオレたちに接触もね
えんだぜ?」

空の説明に直が『うんうん』と頷く。

「10日間水だけで過ごして、もう死ぬかもしれないって覚悟したんだ。
そしたら朝起きたら監禁されてた部屋の扉が壊れてて。
飛び出したはいいけど誰もいない無人島だし、船も全然通らねえし。
オレたち持っていたものすべて取り上げられてたんだ」

「拉致されたのはいつ?」

「3月〇日。今日は5月〇だよな?オレたち日にちがわからなくなるって
印つけてたんだ」

あの部屋の傷はアキラの予想通りだったことになる。

「2か月近くもここでどうやって?」

「あそこに見える建物があるだろ?あそこの一室に監禁されてたんだけどな。食料や水は
保存食用だけど残ってて。あとは食べられるもん探して海で素潜りして捕まえたり、もう
サバイバル」

「僕らはここに来て3日になるんだけど、その間知らなかった?」

「実はお前らがここに来た事は知ってたんだけど。ひょっとしてオレたちを拉致したやつ
が戻って来たんじゃないかって、警戒して、海岸裏の洞窟にここ二日避難してた。
けどお前らテント立てて生活してるし、違うんじゃないかって。
直が接触して助けを求めようって」

「なるほど」

一通り二人の話を聞いてアキラは頷いた。

「わかった。君たちを無事送り届けよう。ただ僕らも仕事があるから今日の今からすぐと
いうわけにはいかないんだけど、直くんの体調はどうかな?」

「ナオの体調は・・・。まあ、そのオレたちの自業自得っていうか」

空が言葉を濁して苦笑すると直が顔を赤く染めた。

「余計な事言うなって!!」

痴話喧嘩にしか見えない空と直のそのやり取りにヒカルは直の不調の原因がわかった。
ヒカルがわかったぐらいだからアキラもだろう。
「夜」と「らん」と同じようにこの二人も恋人なのだ。

こんな綺麗な人が恋人。
微笑ましさと羨ましさにヒカルは心の中で苦笑した。

そうしてこの二人の話が本当なら『あの部屋で寄り添っていた』ビジョンは彼らなの
だと確信する。

それは夜とらんにも重なった。



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10年以上も「ホームページビルダー」を使っているのにフリ仮名のつけ方が
わからないなんて(-_-;)

すきしょ!の主人公 羽柴空(はしばそら)&藤守直(ふじもりすなお)です!!
二人は普段は苗字で呼び合ってて(ヤッテル時だけあだ名で呼びあう)んですが
ここではややこしいので統一してます💦