ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 

暗闇の中で7


 


階段を下り、防火扉を開けると長い廊下があった。
その廊下に足を踏み入れた瞬間壁が薄暗く光った。

「なっ!!」

それが非常灯だとわかってもヒカルは心臓が飛び上がった。

「びっくりした!!」

「大丈夫?」

アキラはそれほど驚かなかったようで、それが少し悔しい。
アキラと握っていた手を離しズボンで手汗を拭く。

「ああ、まあ、もうホントなんだよ!!」

やたら響いた自身の声にも驚き、ちょっとした事でビクビクしてる
自分自身に心の中で叱咤した。

『ごめんさい、私が来たときは点かなかったので』

佐為が申し訳なさそうに言うが、佐為のせいじゃない。

「そりゃそうだよ。お前はお化けなんだし」

ヒカルは未だバクバクする心臓を『落ち着けとばかり』押さえる。

「けれど、未だ人を感知して非常灯が点くという事は非常電源が
生きているという事だな」

「そういうことだよな」

闇の中、非常灯といえ点いたのは大きかった。
薄暗がりでも廊下とそれに面したガラス張りの部屋の様子は
何となくわかった。

「佐為が言ってた通り、かなり臭うな」

「僕は感じないが。それは嗅覚として認知しているものでは
ないんじゃないか?」

「アキラは臭わねえのか?」

アキラを見ると『ああ』と頷かれ、その事実に驚く。

焼け焦げたような臭いと独特の薬品臭が進むたび強くなる。
ヒカルは思わず手で口と鼻を覆った。

「大丈夫か!!」

アキラがリュックから防護マスクとメガネを出してくれた。
嗅覚で感じていないものなら、意味があまりないかもしれない。
それでもないよりは防護できるはずだった。

「サンキュ、ちょっとマシになった」

「どんな臭いなの?」

「上手く表現できねえけど、何かが焼け焦げた臭いと、たぶんそれを
燃やすために使われたんだろう薬品の臭いだと思う」

「だとすると、あれらの薬品が関係あるのかもしれない」

アキラの視線の先はガラス張りの部屋だった。
一見しただけで、実験室か研究室のように見えた。

そこでヒカルは一つ繋がった気がした。

ここはおそらく何かの実験をしていた施設なのだろう。
本土から離れた無人島の小島。
誰にも知られずにひっそり建てられたのは、人道的な実験施設では
なかった可能性が高い。
ヒカルが気付くぐらいがから、アキラもその結論に至ったはずだ。


そしてそれはまた突然だった。

炎の中『助けて!!』っと泣き叫ぶ子供の声がしたのだ。
その子供の瞳は炎のように赤く、絶望を映し出していた。

ヒカルは戦慄いた。

「ヒカル!!」

アキラに手を強く握られ、ヒカルは我に返った。

「ごめん!!」

「どうして謝る?」

「いや、突然また何か映像が見えた」

「大丈夫か?」

「ああ、誰かがオレに何かを伝えようとしてるって、言ったよな?
もう少しでわかる気がしたんだけどな」

そう言ってヒカルはアキラを心配させないために、自ら手を放した。

「それよりせっかくここに入れたんだ。調査しようぜ」

ガラス張りの部屋は鍵が頑丈で入ることが出来ず諦めたが、佐為が
入れたため、棚の薬品名など大方の情報は手に入れることが出来た。

「今日はこれぐらいにしよう」

アキラがそう言ったのはヒカルの消耗が激しかったためだ。

「ここまで収集できたら、今度は本部がもっと詳しく調査に乗り出してくれるよな?
まああの入口がどういう仕組みかってのが、わかんねえけど」

ヒカルとアキラはまた懐中電灯を頼りに階段を上がる。
ひょっとして扉が閉まっていたらと脳裏に掠めたが、そんなこともなく二人は無事
扉を抜けた。

ヒカルは大きく息を吸って、吐いた。
地下よりもここの方がずっと呼吸が楽だった。

「大丈夫か?」

「ああ、もう大丈夫!!」

『こっちに上がっただけで、随分楽になりましたね』

思念体の佐為にもあの匂いはダメージが大きかったようだった。
ヒカルが安心しきって、廊下を数歩歩いたところで、突然佐為が叫んだ。

『ヒカル、アキラくん、ちょっとまって下さい!!』

「どうしたんだ?さ・・・」

大きな声を出すなと言わんばかりに、佐為がヒカルの目の前、口元に人差し指を立てた。

『何か感じます。ここで待っててください!!』

ヒカルが頷くと真剣な顔をした佐為が先の廊下へと消えていった。
ヒカルはアキラに佐為が先に様子を見に行ったことだけを伝えた。

そうして戻ってきた佐為は昨日の比でない程、強張っていた。

「どうだった?」

『最悪の事態です。人外のものがいます。それも二人』

「場所は?」

『昨日ヒカルが倒れたあの部屋です』

ヒカルは思わず唾をごくりと呑んだ。この角を曲がりわずか50メートルあるか
どうかのところだ。しかもこの施設を抜けるにはその部屋の前を通らなければ
ならない。

「一体いつ、どこから?」

『そんなことよりもアキラくんにこの状況を説明して、何かいい案を考えないと』

俺たちがここに入り込んでいることは、彼らもわかってるだろう。
元より人間の感覚より何もかもが桁違いに高いのだ。
佐為はともかく、オレとアキラの会話だってこの距離なら拾われてる可能性がある。
ここを無事抜ける案などアキラでも思いつかないはずだ。

『ヒカル!!』

佐為に怒鳴られ、ヒカルは顔を顰めた。
アキラはヒカルと佐為が話終わるのを待っていた。

「最悪の事態だ。昨日オレが倒れた部屋にいる。それも二人だ」

「二人が何をしていたかわかるか?」

『寄り添って話をしていましたが、内容は分かりません』

佐為の言葉を伝えると、アキラは静かに頷いた。

「ヒカル、僕らに逃げ道はない。ならば可能性として彼らとこちらから接触してみないか?」

「命乞いでもするのか?」

「もし、彼らがここで静かに暮らしたいだけなら僕らを見逃してくれるかもしれない」

アキラの真意はわからない。それは俺たちも組織に彼らの存在を伝えないという事に
他ならないのだから。
ただ悩んでいる間にも彼らが向こうからやってきそうで、迷う間もない。
ヒカルはアキラの決断に静かに頷いた。


アキラがまたヒカルの手を握り、ヒカルも握り返えす。
今は生きるも死ぬもアキラと一緒なら怖くない気がした。


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話が進んでないですねm(__)m