ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 暗闇の中で2 ヒカルと佐為がその小さな港町に来たのは出港予定の1時間前だった。
ヒカルが大きなトランクを転がして埠頭を歩くと、漁船から物珍しげにチラチラと 漁師たちがこちらを見る。 一番奥に小さな漁港に場違いな中型クルーザーが一双あった。 「ひょっとしてこれか?」 周りの視線を気にしながら佐為を見る。 『そうでしょうね。中にアキラ君の気配がありますよ』 それを聞いてヒカルは1階クルーザーのハッチになる後部からトランクを 投げ入れるように放り込んだ。 その衝撃で船が少し揺れる。 ヒカルも続けて乗り込むと体がずんと沈んだ。 後部からクルーザーの中に入っていくと 目に留まったのは、船内スペースを利用した、L字ソファと両壁に2つのベッド。 その奥に申し訳ないほどのキッチンがあった。 カセットコンロと取り付け式のタンクは外にも持ち運びできるものだった。 使用感はあったが清潔で、必要最低限なものはありそうだった。 「アキラ、どこだ?いるんだろ?」 「ああ、今下の倉庫、手が離せないんだ!!」 籠る声のする方をみると下へと降る階段があり、ヒカルが降りるとそこには保管庫と トイレがあった。 その保管庫の入り口も塞いでしまうんじゃないかという荷物が経ちはだかっていた。 これではアキラがすぐ出られはずだ。 その保管庫を整理すべくアキラが水や食料を片付けていた。 「うわ、お前これいつからやってんだ?」 「漁港に着いたのは一昨日の午前中だったから、」 「ひょっとして2日前から?」 「組織が用意してくれると言ってたけど、必要なものがあるかもしれないし、小さな 漁村だと手に入らないものもあるかもしれないだろう?」 「そうかもしれないけど、ってそういうのはオレに言ってくれてもよかっただろ?」 ヒカルは共同部屋の時もアキラ一人でさせてしまったことを思い出し、口を尖らせながら 入り口の食料をしまう。どれも重くて力仕事だった。 「で、この食料で10日分ぐらいなのか?」 「ああ、少し多めにと思ったけど、燃料や、上陸の際必要なものなどを考えるとこれ以上は、 無理だった」 「足りないときは現地で素潜りするしかないな」 魚を取ることも、それをさばくのもやったことはなかったが、生きていくためならやるしかない。 ヒカルをすり抜け倉庫に入った佐為が荷物の中に姿を消す。 『これはテントですね。ヒカル、バケツに寝袋それに蚊帳や炭に懐中電灯までありますよ』 「寝袋と懐中電灯に蚊帳って、もうサバイバルだな」 「何もない無人島なんだ。この1週間は天気予報は悪くないけれど、崩れるかもしれないし 何があるかわからないんだ」 苦笑するヒカルにアキラが少し膨れた。 「はいはい、用心に越したことはねえのはわかってるから」 片づけを終えた後、オレはそのまま運転席に座った。 あまり操作に自信があるわけではないが、準備をさせたアキラに運転させるのは忍びなかった。 「いいの?」 「お前は疲れてるだろ?ちょっとでも休んどけよ」 『ヒカル大丈夫ですか?アキラくんにいい顔してるだけでしょう』 声は出さなかったが『もうお前までっ』と佐為をにらみつけ アンカーをあげリールを巻くとヒカルは小さく長い息を吐いた。 座標までの距離はここから50キロ程度。 船舶の免許を取ってから2年以上運転はしていなかったが、基本車と変わらない。 海は広いのだし、港でさえヘマしなければ大丈夫、と言い聞かせ慎重に旋回させる。 ゆっくりと出向したクルーザーは大海原へと走り出した。 港を出て40分ほど目的地の島は、周りに島もない孤島で上陸の場を探すまでもなく 海に突き出た小さくも船着き場があった。 そこにアンカーを下ろし、リールをつなぐ。 それほど古いものでなく組織が前回上陸の際作ったものかもしれないと思う。 緊張してた運転のせいであまり景色を楽しむ余裕もなかったが、佐為は大喜びで島に 一番乗りだった。 「佐為、お前ホント緊張感なしだな」 ややげっそりした面持ちでヒカルはため息を吐く。 『何言ってるんですか。こんなに綺麗なんですよ!!』 佐為は足音もなく砂浜をすべるように駆けていく。 ため息を吐きヒカルが島に降りるとようやく陸地に足をついたような気がした。 それでもまだ体が波で揺れてるようだった。 ヒカルは大きく深呼吸した。 「大丈夫?疲れてない」 「いや、まあ、慣れねえことすると疲れるな」 ヒカルが苦笑いするとアキラはおもむろにポケットから缶コーヒーを出す。 こんなものまで持ってきたのかと思いながら素直に受け取るとまだ温かさがあった。 「佐為はどう?」 「あいつは子供みてえにはしゃいで行っちまったぜ?」 ヒカルは笑いながら佐為が走っていた方を指さす。 「じゃあ、ここで少し休憩しよう。夕方まではまだあるし、調査は明日からでいいだろう」 アキラが砂浜に腰かけ、ヒカルもその横に座りコーヒーを開ける。 温かな日差しで砂が温かい。 「調査が5月でよかったな」 こんな所、暑い夏や、寒い冬だとどうなってたかわからないと思う。 「つうかさ、俺たち寝泊りはどうするんだ?クルーザーの中か?」 「君はこの島と船とどっちがいい?」 「島に猛獣っていうか害のある生き物がいないならさ、オレは陸の方がいいな」 「調査書によると、害虫がいるらしいけど。虫よけと蚊帳で何とかなると思う」 「お互い明日刺されてブクブクになってたりしてな」 「何かあればすぐ本島にもどればいいだけだ」 体調に無理をしてまで調査を続ける必要はない。アキラにそう諭され「それもそうだ」と 思わず頷く。 ヒカルは疲れて砂浜に横になる。やってしまってから砂だらけになるだろうな、と思ったが 今はそれも構わないと思う。 それぐらい雲が高くて風が心地良かった。 アキラも同じようにヒカルの横に転がる。 時間の流れが緩やかに感じるのは、ここに何もないからだけだろうか。 今は任務の事も少し忘れても許されるだろう。 佐為の声が遠くで聞こえたが、ヒカルは目を閉じた。 →暗闇の中で3へ
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